燦々と降り注ぐ太陽の光。
この日、ホグワーツは晴天に恵まれていた。

季節は夏。

生徒達が待ちに待った長期休暇である。
彼等は午前の内に学び舎に暫くの別れを告げ、真っ赤な汽車に揺られて親元へと帰って行った。
生徒のいない城にこの長期休暇を待ちに待った者がもう一人。
アーガス・フィルチである。
フィルチは鼻歌を歌う程度に上機嫌であった。
それもそうだ今この城には彼の手を煩わす憎き生徒達は一人もいない。
残念ながらポルターガイストのピーブスは相変わらず城内にいるがそれでも彼は上機嫌だった。

学生達がいないこの間に城の手入れをしなければ
そう思いフィルチが梯子と剪定用の鋏を手に城外に出た時だ。
何処からともなく猫の声が聞こえた。
はて、とフィルチは頭を傾げる。
学生達がいなくなった今、この城には己が飼っているミセス・ノリスしか猫はいない筈だ。

「ミスターフィルチ、どうしたのです？そんな所で立ち尽くして」

と、もう一人魔法界でも数少ない猫のアニメーガスであるマグゴナガルは丁度フィルチが立つ側の扉から出てきたところだ。

「ああ、先生。実は猫の声が」

「猫ですか？おかしいですねこのホグワーツに野生の猫は住み付いていない筈ですが」

子供達が勉学に励むホグワーツであるが意外にも周りに危険は大きい。
際たる所で言えば禁じられた森であろう。
彼処にはM.O.M.分類でかなりの”x”が付けられる危険な生物が数多く生息している。
今迄森に住み着く彼等が森から出てきた事はないが野良猫も態々こんな危険と隣り合わせの場所に住みたくはないだろう。
ホグワーツの管理人であるフィルチもマグゴナガルも今迄、この城で野良の猫など見た事がないのだが

またも猫の声が聞こえた。

弱っているのか喋っていては聞き逃す様なか細い声だ。

「確かに此れは猫の声に聞こえますが」

ちらりとマグゴナガルは視線を下げてフィルチの足元で大人しく座るミセス・ノリスの姿を確認している。

「もしかしたら帰郷した生徒の飼い猫かもしれませんね」

「それはそれは大きな忘れ物ですな」

飼い猫の管理もまともに出来ないのかとフィルチは心の中で悪態を吐くも猫に罪はない。
フィルチは仕方なくマグゴナガルと共に猫の捜索を始めた。



「ミネルバ、アーガス。

二人して何か探し物かね」

真夏の陽光に似つかわしく涼しげな顔でダンブルドアは立っていた。
対してフィルチもマグゴナガルも夏の日差しに照らされながらも猫の捜索をしていた為、少し疲労の色が見え始めている。

「ああ、アルバス。

どうやら生徒が飼い猫をホグワーツに放したまま忘れていった様でして」

マグゴナガルは頭に付いた葉を払いながらダンブルドアに事の次第を話す。
その話に彼は顎の髭を撫でながら興味深げに耳を傾けている。

「何と、それはその猫は不憫じゃのう」

早く見つけなければと、一緒に探す気なのだろうダンブルドアは長いローブの袖を捲るのだが、

「しかしその声の主は本当に猫なのかのう」

と気になる事を呟いた声はフィルチにしか聞こえなかった。
その時、またしても猫の声が聞こえた。
先程まで聞こえていたか細い弱々しい声ではない。

ミセス・ノリスの声だ。

三人より少し離れた所で行儀よく座るミセス・ノリスはそこに何かあるのか何度も鳴き声をあげる。
呼ばれるがままミセス・ノリスの所まで三人が向かうと彼女は側の茂みに潜ってしまう。
三人は顔を見合わせこの茂みに件の猫がいるのかと茂みをかき分け覗き込むも探している猫の姿はない。

代わりに顔を真っ赤にして苦しげな呼吸をする赤ん坊がいた。

それからが大変だった。
明らかに様子のおかしい赤ん坊にのんびりしている場合ではないとマグゴナガルは校医であるポピー・ポンフリーを探しに、フィルチは指示されるがままに厨房へ氷や飲み物を、ダンブルドアは赤ん坊を保健室へ連れて行くべく走った。


「まあまあまあ！誰がこんな酷い事を」

保健室のベットに寝かされた赤ん坊の姿にポピー・ポンフリーは悲鳴にも似た声をあげる。

「こんな暑い日に赤ん坊を置き去りにするなんて！」

恨めしげに言いながらもマダム・ポンフリーは着々と処置を進めて行く。
その邪魔をしないよう少し彼女から離れた三人は子声で話を始めた。

「この子の親はマグルでしょうか」

「いや、多分じゃが魔法使いじゃろう」

あれを、とダンブルドアが指を指したのは三人が赤ん坊を見つけた時に赤ん坊が収まっていた籠だ。
中には柔らかなブランケット、小さなテディベアのぬいぐるみ、哺乳類と布オムツが何枚か入れてあった。

「まるでこの子が誰かに見つけてもらえると確信があるかのように準備が良い。
この子の親がマグルなら廃墟に見えるこの城に此処まで準備をして迄置き去るかね」

「でしたら一度魔法省に連絡を入れ調べて貰いましょう」

「いや、ミネルバ。

それは止めておこう」

今にも魔法省へ梟を飛ばしそうなマグゴナガルをダンブルドアは止めた。

「何故です。アルバス」

「こんな幼い子を、しかもこのホグワーツに置いていったのはきっとだだならぬ理由があったのじゃろう」

魔法界は今、闇の帝王率いる闇の魔法使いにより暗黒の時代を歩んでいた。
毎日の様に誰かが殺され誰かが行方不明になるそんな時代である。
家にいても街にいてもいつ死喰い人達に襲われるか分からない。
そんな魔法界で唯一安全だと言ったのは誰だったのか
例のあの人も恐れるとまで言われたダンブルドアが校長を務めるホグワーツは安全だというのは魔法使い達にとって共通の認識だった。
そんなホグワーツに置き去られた赤ん坊だ。

「今更探した所でもうあの子の両親はこの世に存在せぬかもしれん」

「ああ、なんという事でしょう」

マグゴナガルは両手で顔を覆った。
そんな彼女の肩を何度か優しく叩いたダンブルドアはそのキラキラとした青い瞳をフィルチに向けた。

「そこでじゃ」

嫌な予感がするとフィルチは思った。
ホグワーツの管理人としてダンブルドアとの付き合いはもう何十年とある。
フィルチは分かっていた。
彼がこんなにも瞳を輝かせている時はとても面倒臭い事を考えている時だと

「勿論、先程までの話は儂の想像に過ぎん。余り騒ぎ立てぬ方法で儂なりにあの赤ん坊の両親を探そう」

だが、と彼は続ける。

「やはり赤ん坊には家族というものが必要じゃと儂は思う」

フィルチはこめかみから首筋かけて汗を流す。
外と違い気温が調整された城内で汗をかくなど変な話であるがフィルチは滝と言わずまでも背中を湿らす程度に汗を流していた。
悪寒がする。
ダンブルドアの次の言葉が想像出来たフィルチは皆まで言うなと願うのだが、既に彼の唇は開かれていた。

「フィルチ。お主にあの赤ん坊の親代わりを頼みたい」

フィルチは彼の想像通りの言葉に意識が遠のくのを感じた。
遠ざかる意識の中でマグゴナガルと赤ん坊の処置を終えたポピー・ポンフリーの何か言う声が聞こえた気がする。
が、落ちる意識の中でフィルチは彼女達が何と言っていたのか理解する事が出来なかった。