東雲 時
私が中学生くらいのときだった。
母が体調を崩して入院した。
そのお見舞いの帰り、父と手をつないで帰った。
「ねぇ、お父さんは、何でお母さんと結婚したの?」
唐突な質問に、少し父は驚いた様子をみせた。
でも、笑って話し始める。
「歴史の勉強は、もうしてるか?」
うん、と頷いた。
「日本が戦争していたってことは?」
知ってるよ、と答える。
「父さんもな、兵士として戦ってた」
本当?
目を丸くする私に、父は「今の平和な日本からは想像つかないだろーっ」と得意げに言っていた。
「お父さん、強かった?」
その質問に、うん、と胸を張る父。
「強かった。俺の仲間も、強かった」
でもね...と父は溜める。
「日本は負けた」
昔話をする父は、珍しいと思った。
いや、初めてかもしれない。
「...日本が負けたとたん、今まで守っていたと思っていた人たちが、
急に父さんたちを犯罪者扱いしだしたんだ」
ひどい...そうつぶやくが、父はどこか懐かしそうだった。
「ほんと、あの時は自分、何やってんだろうって思ってた。
何のために戦ったのかなって。
すべて無意味に思えて、落ち込んでた」
お父さんが落ち込むことなんてあるの?
いつも前向きな父。
落ち込んでいる様子なんて、想像できなかった。
「ああ。
あの時はね。
今は琴と琴のお母さんがいるからそんなことないぞーーっ」
そうやってまた笑う父。
「落ち込んでた時の唯一の光が、琴の母さんだったんだよ。
お前の母さんは、すごく温かい人だった。
父さんが、何者であっても関係なくって...
ああ、ただ生きていることだけで、この世に生まれただけで、すばらしいことなんだって、
教えてくれた人...
そんな母さんを一生守りたい、家族になりたいって思ったんだ。
あと一番かわいかった!
だから、プロポーズした」
誇らしげに言う父。
それがすごく、かっこよかった。
この家族に生まれてよかったなって、思った。
その時の気持ちをずっと持ち続けていられればよかったのだけど...
母の容態はあまりよくなくて、入退院を繰り返した。
それでも、父の仕事は減らなかった。
周りと違う家庭環境に、私も少なからずストレスを感じていて、父を避けた。
どうせ一緒にいても、またどこかへ行ってしまう。
それが余計に寂しく感じたから、だったら、希望とか期待とか、そんなのいらないと思った。
母は言っていた。
私と、父、時がいれば何もいらないと。
でも、父はずっとそばにいられたわけじゃない。
母は、私と違って何もわがままを言わなかったし、何も欲しなかった。
その中でも唯一の幸せが家族だったというのに...
「お母さん、お父さんと一緒にいたくないの?
病気でつらいのに...
仕事を辞めてって言ってみれば?」
病に侵される母をみて、言ったことがあった。
「そんなこと、言わなくても....
時は、どこにいても必ず戻ってくるから。
私たちを守ってくれるから...
わかってるから、いいの」
なんでそんなに信じられるのかわからなかった。
でも、時を経た今ならわかる。
手紙を受けとったから、わかる。
詩がこうして、戻ってきてくれたから...わかる。
「きっと、父とあなたは、とっても似てるのね」
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