東雲 時
「詩...あなたのおじいさんは、とてもすばらしい人だった」
母は少し落ち着きを取り戻し、話し始める。
「その、アリス...式神のアリスについては、今もわからないことばかりだけど...
もう私も子どもじゃない。
私たちが知らない方が、いいことなのよね。
それが身を守ることになる...
今ならちゃんと、理解できる。
父が守ろうとしたものを...」
息を整えて、詩の前に座りなおす。
「父との思い出は、確かに悪いものばかりじゃなかった。
父は、とても明るい人だった。
あまり家に帰ってこなかったけど、帰ってきたときは、うんと私と母を笑わせてくれて、いろいろな場所につれて行ってくれた。
私が寝るまで一緒に遊んでくれた。
テストの点数も、大袈裟ってくらいに褒めてくれた。
父といるのは、楽しかったわ...
一緒にいるときは、ね...」
琴は、少しだけ寂しそうな顔をした。
父が家にいないと、厳しく外出が制限された。
友だちと外で遊ぶことも、母と少し遠くの買い物にでかけることも....
ーねぇ、マミちゃんの家、遊びに行ってもいい?
「ダメよ」
ーなんで?マミちゃん誕生日で、みんな集まるんだよ。
「あとで学校にプレゼントもっていきなさい」
ーあのお店の服がほしいの!!連れてって!!
「服ならパパが買ってきてくれるわ」
ーいやだ!パパいつ帰ってくるかわからないもん!!
「それならすぐ近くの...」
いつも母は、私がどんなに強い口調で言っても、やさしく諭すように、でもしっかり“ダメ”と言った。
ある時、ママもどこか行きたくないの?ときけば、琴と時がいれば、私は何もいらないわ。
と言った。
母は、いつも幸せそうだった。
でもそれがなぜかなんて、その時の私にはわからなかった。
この不自由な暮らしが、幸せとは思えなかった。
大きくなるにつれて、アリスがどういうものか理解できるようになった。
それは私だけじゃなくてまわりも同じ。
私はアリスを親にもったことで、あらぬ噂を流され、学校で孤立することもあった。
でも、そんなこと気にしない子だっている。
しかしどんなに仲良くなっても、すぐに、前ぶれもなく“転校”が決まる。
満足にお別れも言えないまま、その町を去ることになる。
毎回寂しくて、泣いていた。
一度だけ父が言っていた。
「本当の絆は、離れていたとしても途切れないよ」
ーなんでそんなことが言えるの?
「俺がそうだったから。
もう一生、そいつには会うことないんだろうけど、あいつは元気でやってるよ。
目を閉じても、あいつのことははっきりと思い出せる」
ーそんな...私は会えないなんていやだよ...
「うん...そうだよな」
父は切なそうな顔を一瞬だけして、あとはいつもどおり笑っていた。
そして、わしゃわしゃと頭をなでてくれる。
不思議なことに、父といれば、寂しさなんて吹き飛んだ。
私が大きくなっても、子どもみたいにはしゃぐ父。
いろんなところにつれて行ってくれては、誰よりも楽しんで、大きなリアクションをしていた。
本当に底抜けに明るくて、前向きで、不思議な魅力をもっていた。
そして、そんな奔放な父を見つめる母が、一番幸せそうだった。
父は嵐のようだった。
いればまわりをかきまわして、振り回して、笑顔を伝染させて...一瞬で明るくなって...
でもいないと、物足りなくて...
静かで、寂しくなる。
そんな人だった。
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