このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

東雲 時



「詩...あなたのおじいさんは、とてもすばらしい人だった」

母は少し落ち着きを取り戻し、話し始める。





「その、アリス...式神のアリスについては、今もわからないことばかりだけど...

もう私も子どもじゃない。

私たちが知らない方が、いいことなのよね。

それが身を守ることになる...

今ならちゃんと、理解できる。

父が守ろうとしたものを...」

息を整えて、詩の前に座りなおす。




「父との思い出は、確かに悪いものばかりじゃなかった。

父は、とても明るい人だった。

あまり家に帰ってこなかったけど、帰ってきたときは、うんと私と母を笑わせてくれて、いろいろな場所につれて行ってくれた。

私が寝るまで一緒に遊んでくれた。

テストの点数も、大袈裟ってくらいに褒めてくれた。

父といるのは、楽しかったわ...

一緒にいるときは、ね...」

琴は、少しだけ寂しそうな顔をした。






父が家にいないと、厳しく外出が制限された。

友だちと外で遊ぶことも、母と少し遠くの買い物にでかけることも....




ーねぇ、マミちゃんの家、遊びに行ってもいい?

「ダメよ」

ーなんで?マミちゃん誕生日で、みんな集まるんだよ。

「あとで学校にプレゼントもっていきなさい」

ーあのお店の服がほしいの!!連れてって!!

「服ならパパが買ってきてくれるわ」

ーいやだ!パパいつ帰ってくるかわからないもん!!

「それならすぐ近くの...」




いつも母は、私がどんなに強い口調で言っても、やさしく諭すように、でもしっかり“ダメ”と言った。

ある時、ママもどこか行きたくないの?ときけば、琴と時がいれば、私は何もいらないわ。

と言った。

母は、いつも幸せそうだった。

でもそれがなぜかなんて、その時の私にはわからなかった。

この不自由な暮らしが、幸せとは思えなかった。




大きくなるにつれて、アリスがどういうものか理解できるようになった。

それは私だけじゃなくてまわりも同じ。

私はアリスを親にもったことで、あらぬ噂を流され、学校で孤立することもあった。

でも、そんなこと気にしない子だっている。

しかしどんなに仲良くなっても、すぐに、前ぶれもなく“転校”が決まる。

満足にお別れも言えないまま、その町を去ることになる。

毎回寂しくて、泣いていた。




一度だけ父が言っていた。

「本当の絆は、離れていたとしても途切れないよ」

ーなんでそんなことが言えるの?

「俺がそうだったから。

もう一生、そいつには会うことないんだろうけど、あいつは元気でやってるよ。

目を閉じても、あいつのことははっきりと思い出せる」

ーそんな...私は会えないなんていやだよ...

「うん...そうだよな」

父は切なそうな顔を一瞬だけして、あとはいつもどおり笑っていた。

そして、わしゃわしゃと頭をなでてくれる。




不思議なことに、父といれば、寂しさなんて吹き飛んだ。

私が大きくなっても、子どもみたいにはしゃぐ父。

いろんなところにつれて行ってくれては、誰よりも楽しんで、大きなリアクションをしていた。

本当に底抜けに明るくて、前向きで、不思議な魅力をもっていた。

そして、そんな奔放な父を見つめる母が、一番幸せそうだった。





父は嵐のようだった。

いればまわりをかきまわして、振り回して、笑顔を伝染させて...一瞬で明るくなって...

でもいないと、物足りなくて...

静かで、寂しくなる。

そんな人だった。





.
1/9ページ
スキ