戦争のアリス
翔が慎重になる理由がもうひとつあった。
海を越ゆ
幼子の胸に
燃ゆる石
無数に光れど
道は難あり
アリス祭で占ってもらった内容だ。
詩はとうに忘れていると思うが、翔はこれがずっと気になっていた。
あれは、園部の件を示してはいなかった。
一番が、“幼子の胸に”という点。
どうも辻褄があわない。
“海を越ゆ”という部分が、北海道ではなく今回の海外を指しているのだとしたら...
あの占いが、今後の任務に何か役立つかもしれない....
考えすぎならそれでもいい。
でも、今までの経験上、村のアサ婆を筆頭にアリスによる占いは驚異的な的中率だった。
ないがしろにするには判断が尚早だと、翔はひとり考えるのだった。
数時間のフライトを終え、降り立った異国の地。
日本とは違う、独特の匂いがした。
その地の匂いもあるが、その中にかすかに混じる火薬の匂い。
戦いの匂い...
さっきまで飛び跳ねていた詩の面持ちも変わった。
今回来た国は、日本の西側に位置するアジアの一国。
南北真っ二つに割れた内戦真っ只中で、治安は相当わるい。
いつゲリラが奇襲かけてきてもおかしくない状況だった。
その中でも、北側の勢力と利害が一致したため、そちらに協力を仰ぐことになっていた。
内戦中であっても、境界から離れた中心部は栄えており、日本からの要人となると、詩たちはVIP待遇だった。
中心街のセキュリティー万全の高層ビル内のホテルに案内された。
しかしそこから眺める景色はいいものじゃない。
少し離れるだけでそこにはスラム街が広がっており、貧富の差は歴然だった。
ここは、お金持ちしか住めない場所...
詩はこういうのが嫌いだったから、すぐにカーテンを閉めるのだった。
「では、時間までゆっくりお過ごしくださいませ」
ひとりで泊まるには広すぎる部屋に取り残された詩。
日本だってこんな待遇は受けたことがなかった。
ふぅ...と息を吐いて大きなベッドに大の字になって寝転んだ。
...また、一歩近づいたんだ...
詩はぐっと拳を握る。
少し休んで、詩たち日本の10名あまりの部隊はひとつの部屋に通された。
そこはたくさんモニターが並んでいた。
そして、通信用のイヤフォンのようなものを渡され、耳に着けるように言われる。
「これは、翻訳機能をもった通信機器。
アリスの開発チームが作ったものです」
「うわっすげぇ」
詩は驚く。
言う通り、時差はほとんどなく言語が翻訳された。
聞き取りやすさも違和感ないほど、精密。
「我が国はアリスの能力開発に力を入れている。
その機器も我が国のアリスがつくりあげた自慢のものだ」
突如響く声。
そしてモニターに映った男。
北側の軍曹、ハンだった。
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