家族へ
未だ、涙が止まることを知らない母親。
詩もどうしたらいいかわからない。
父親はそんな母親の背中をさすった。
そして、詩へと目を向ける。
「僕たちは、君に、謝るだけでは許されないことをした...
...詩と...会えない15年間ずっと、悔やんできたんだ。
それが、急に目の前に現れて...
あんなに小さかったのに....
こんなに大きくなって...
こちらを見つめる目に、今もどうしたらいいかわからないでいる」
素直な気持ちを伝えるのが一番だと思った。
いや、それしか術がなかった。
15年...
氷のように固まっていた時間が、今、少しずつ溶けてゆく。
琴は、おもむろに立ち上がり、引き出しの奥から何かを取り出す。
とても、大事そうに...
琴は、それを詩の前に差し出した。
一通の、手紙のようなものだった。
「あなたの、詩の祖父であり....
私の...父である、東雲 時の、遺言よ...」
詩ははっと目を見開く。
「...よんで、いいの?」
琴は頷く。
「読んでほしい。詩に...」
詩はそっと、その手紙をひらく。
少しだけ、手が震えた。
手紙の冒頭から、詩は涙がとまらなかった。
“家族へ”
祖父の、温かい文字だった。
ーこの手紙を、一人娘、琴に託す。
まずはこの手紙を書くにあたった理由を説明する。
残り少ない命の年寄りの最後の頼みだと思って、
長くはなるが、どうか、読んでくれ。
書いた通り、私の寿命は、もう長くない。
これから先は、ベッドに横たわり、その時を待つしかない。
私はもう、自分の命を自分ひとりでは守っていくことができない老いぼれになってしまったようだ。
小さなかわいい孫も、守ってやれなかった。
昔話は性に合わなくて、今までほとんどしてこなかった。
今思うと、もう少しこのアリスのことを、東雲家のことを、娘の琴に話しておけばよかったなと思う。
そうすれば、変わった未来があったのかもしれない....
今さら言う必要はないと思うが、私は、アリスだ。
式神のアリス。
それは数あるアリスの中でも少し特殊で、東雲家に代々伝わる強力なもの。
そういうアリスは、自分の器に見合ったものが正しく使わなければならない...
使い方を間違えることは、決して許されない。
わしはそのことを忘れたことはないし、このアリスの危険性を重々承知している。
他者の手に渡ってはならないのだ。
そしてもうひとつ、私は、知りすぎた。
この国の根幹に、関わりすぎたのだ。
私はこれから、アリスによって記憶を消される______
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