ヒーロー
「詩、そろそろ...」
鳴海が静かに言う。
詩も、頷いた。
無理言って、めいっぱい時間を引き延ばしてもらったが、さすがにもう時間らしい。
詩は、家族のもとに歩み寄る。
「奏、もう行かなきゃ」
後ろから声をかける詩。
それから、両親にも目を向ける。
「詩...」
琴は、詩のもとにより、そっとハグをした。
「奏を...お願いね」
「うん...」
抱きしめられたまま、詩は言う。
「ねえ母さん...俺のこと、やっぱり憎いかな。
奏を、連れてっちゃう俺が...」
「何言ってるの、そんなことない...っ
子どものことが憎いわけない....っ
もっともっと、あなたのこと、抱きしめていたい...!」
きつくきつく抱きしめるその温もり。
ぎゅっと目をつむった詩の目を、一粒の涙が伝った。
父もまた、詩とハグをする。
「奏は...少し甘やかしすぎた。
僕たちのせいで...甘えん坊で、わがままで...
少し手がかかる...
だから、父さんのかわりに、時には厳しくしてやってほしい。
わるいことはわるいと、ちゃんと教えて、叱ってやってほしい」
うん、と強く詩は頷く。
「でも詩は...僕たちがいなくても...
こんなに立派に育ってくれた...
琴も僕も、そんな詩の成長を見守りたかった...
詩...いつでも...僕たちを頼ってきてくれ...
僕たちにできることは少ないのかもしれないけど、
たくさん、甘えてほしい...
たくさん甘やかすから...僕たちにも君を、たくさん愛させてくれ...
そんな時間がほしい」
また、泣きそうになった。
だけどこらえて、頷く詩。
「たまに帰るよ。
そのときは、奏の話もたくさんする...」
「ありがとう、詩」
父はそう、言った。
奏は、両親と最後のハグをして、詩のもとへ来た。
「奏、ちゃんと、ごはんたべるのよ。
好き嫌いせずにね」
今日、何度言ったかわからないその言葉。
「うん、ママ。わかってるよ」
急な別れを前に、言葉は出てこなくて...
同じことを何度も言ってしまう。
でもなんでもいい。
会えなくなる息子の声を、ずっと聞いていたかった。
「奏、お兄ちゃんや先生の言うこと、ちゃんときくんだぞ」
「うん、わかった。パパ」
次会う時は、どうなっているだろうか....
身長は、越されているだろうか。
「友だちと、仲良くね」
「うん。姉ちゃんより、たくさん作るよ!」
元気に笑う無邪気な姿。
どうか、たくさんの友だちに恵まれて、その笑顔が絶えませんように...
運転手に、車へ乗るようにと促される。
「行こう、奏...」
そっと、弟の肩に手を添えた。
詩が先に車に乗り込んだ。
奏は最後、振り返る。
「じゃあ...ね...っ
いってきます...っ」
泣くまいと、涙をぐっとこらえて言った。
笑顔で、お別れしたかったから____
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