兄妹
「ねぇ、ほんとにこれやるの...?」
詩たちは、一番人気のアトラクションの列に並んでいた。
「あったりまえだろー!!」
詩はうきうきしている。
でも...と見上げる舞の視線の先。
一際高いところから落下する人々。
その背中からつながれたハーネスの先には大きな球体の風船のようなものがついていて、
それによって高いところから落ちても、ある程度浮遊できるようだった。
おまけに、下は大きなトランポリンになっていて、時間内であれば、何度もその浮遊感が楽しめる、そういったアトラクションだった。
あたりは、楽しい悲鳴や歓声が響いていた。
「舞、怖いならママのところへ行ってなさい」
父のいうとおり、母は「私はパスね」と離れたところで写真係をかってでていた。
振り返ると、母は笑顔で手を振っている。
「えー姉ちゃんってば怖がり!」
なっ!とムキになる舞。
奏は小さいので、大人と一緒に飛ばなければならないが、怖がるどころか詩のようにわくわくしていた。
「怖くなんてないから!」
舞はふいっとそっぽを向くのだった。
少し長い待ち時間。
奏は退屈してきた様子。
ふわっと、式神を出して詩へと悪戯する。
詩は慌てて式神を捕まえ、それをとめる。
「あれ?今、なんか...」
「気のせい...かな?」
「なんかとんでたような...」
少しざわついたが、次第に収まり詩は安堵する。
「奏!出さないって約束!」
「はぁい」
奏は詩や両親との約束を思い出し、返事するのだった。
そして回ってきた順番。
最初に飛ぶのは奏と父。
安全装置の取り付け時、「僕、すごいね。怖くないの?」と言われていたが、奏は平気のようで鼻高々だった。
「それでは、いってらっしゃーい!」
奏は父と一緒にしっかり固定され、あっという間に落下していってしまう。
「ひゃっほーい!」
と奏の歓声が遠くなっていった。
次は、舞の番。
すべて装置がつながれ、あとは飛び降りるだけ。
しかし、下を見ると足がすくんでしまう。
む、むり...やっぱり私は..っ
そう思った時だった。
「一緒に飛ぼう、舞!」
隣で、すでに準備を終えた詩が言った。
そして差し出す手。
「絶対離さないから、ほらっ」
「...ほんとに...?」
か細く小さな声。
でもそれ以上に、不安をとりはらってくれるような笑顔。
「離さないよ、離すもんか...!」
「もし、離れたら?」
「すぐに助けに行く!
舞がどこにいても、俺がすぐに助けにいくよ」
なぜだか、その自信は信用できて...
さっきまで震えていた心を支えてくれる。
舞がそっと、詩の手を握ったその瞬間だった。
「ひゃっほーい!!!」
心の準備の間もなく、詩は舞の手をひいて飛んでいた。
「きゃーーーーー!!!」
舞は恐怖で目をつむる。
隣で、楽しそうな声が聞こえるが、そんなの気にしていられなかった。
この落下速度と高さ、生きた心地がしなかった。
やがて、足がやっと地上に着いたかと思うと、その反動でまた上へと身体がもっていかれた。
再び悲鳴をあげる舞。
「舞!!舞!!」
そこでやっと、自分の名前を呼ばれていることに気づく。
「目ぇあけて!!
ほら!!早く!!」
弾むような声。
舞は、ゆっくりと目をあける。
そこではっとした。
目の前に広がる景色。
パーク中を見渡せた。
キラキラ光るそれぞれの施設。
その屋根は、花のように形作られていた。
まるで、花畑のよう。
そのきれいさに圧倒される。
「なっすごいだろ?」
詩は得意げに言った。
「うん!!」
舞は、今日一番の笑顔を見せた。
隣には奏も父と一緒に飛んでいた。
家族の楽しそうな声と笑いが、広がっていた。
その場にいるばかりでは、見えない景色がある。
怖がってばかりじゃ、その先の景色は見えない。
一歩進んだ先にそれがあるとわかっているなら...
ううん、わかっていなくても...
この人は...私のお兄ちゃんは...歩みをとめないのだろう....
詩はアトラクションが終わるまで、一度たりとも、舞の手を離すことはなかった。
地上に降り立ち、舞はそっという。
「お兄ちゃん、ありがとう」
詩は最初目を丸くする。
しかし、ぱっと笑った。
「感謝なんてされることじゃねーよ。
兄ちゃんなんだから、あたりまえだ」
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