兄弟
その夜。
奏は詩と一緒に寝るといってきかなかったので、詩は奏の部屋で一緒に眠った。
今日たくさん遊んでよほど疲れたのか、奏はすぐに眠りに落ちた。
詩はなんだか眼が冴えてしまって、リビングへとおりた。
ダイニングの、オレンジ色のダウンライトだけがついていた。
夕食のときとは違って、静かなリビング。
父の姿があった。
父は詩に気づき、手招きする。
詩はそっと近づいた。
父は、外を眺めていた。
「何かのむか?」
きかれて、首をふった。
「眠れないのか」
静かな声に、ちょっとだけ...と返す。
「奏の部屋、びっくりしたんじゃないか?」
唐突に、父がいう。
「え...」
少し考えて、納得した。
奏の部屋は、異常なくらいにおもちゃやぬいぐるみ、ゲームであふれかえっていた。
「僕たちもね、奏とどう接していいかわからなくて...
なるべくストレスはかけないようにしたいんだけど、奏にとって外は危険だから。
たくさん我慢させてきた。
まだ幼い子どもだ。
アリスだろうと、そこらへんの子どもなみに、癇癪は起こす。
そのたびにアリスが出てきてしまうんだ」
やはり、奏はまだうまくアリスを制御できていないようだった。
「僕たちは奏にアリスを使わせないようにと、それが奏のためだと信じて...
15年前と変わらないって思うだろ...」
情けないな、と自嘲的に父は笑う。
「琴は、15年前のように怒らなくなった。
詩にした過ちは繰り返してないよ。
確かに、お義父さんの手紙を読んで変わったんだ...
でも、その代わりに奏をうんと、甘やかしたんだ。
のぞんだものはすべて買い与えて、機嫌をとった。
外で遊ぶこと、アリスを使うこと以外のことは、奏がのぞんだものを可能なだけ叶えた。
あの部屋がすべてだ...」
たしかに....
楽しいおもちゃや新しいゲームはたくさんあったが、寂しい匂いがした。
窓の近くに、小さな踏み台があった。
それにあがれば、奏の身長でやっと外が見える。
きっとあそこから、外を見ていたんだな、と思った。
「親として、何が奏のためなのか、今一度考えないといけない....
それは、わかってる。
わかってるんだけど...
また、家族バラバラになるのは正直つらい。
ましてや、奏がのぞまない道なんて....」
「わかってる...」
静かに詩は言う。
「だけど...っ」
父はしっかりと、詩の目をみる。
「もし万が一、奏の気分が変わって、学園に行くと言い出したら...
その時は...
詩に、奏を頼みたい。
琴や舞は、僕が守るから...」
詩はにっと笑った。
「うん、あたりまえ。
そのつもりで、その覚悟できた。
奏のことは、俺が守る。
何に変えてもね___」
静かなリビング。
男同士の会話。
親子の背中がそこにはあった。
「あと...
来た時も言ったけど、俺は“東雲”の姓を使い続ける」
この家は父の姓、“枢木(クルルギ)”だった。
「うん...
きっとその方がいいと、僕も思ってるよ___
これだけは言うけど、苗字なんか関係ないさ。
いつでも帰ってきてほしい。
詩が来たらきっとみんな、喜ぶよ...
奏はあんなに楽しそうにはしゃいでいるし...
琴もどこか表情がやわらかくなった...
舞はあんな感じだけど、きっと頭では理解してる....
ここは詩の、家だよ。
また引っ越したとしても、僕たちがいる場所が、君の帰る家になる」
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