東雲 春
今ほど通信手段も整っておらず、高齢者も多いこの村。
豪雨による川の氾濫で、多くの人が逃げ遅れた。
そんな時、先頭に立って救助に向かったのがトキだった。
式神を村中に飛ばして、逃げ遅れた人々を誰よりも早く見つけた。
式神で船をつくり、水没した村から逃げ遅れた人々を運んだ。
橋なども式神でつくり、救助隊がこれる道をつくった。
土砂崩れにより、大きな木が家を直撃しそうになったときは、その大木を切り刻んだ。
あれだけの大災害だったのに、死者はゼロ。
奇跡だと、ニュースでは言われていた。
トキの活躍はそれだけにとどまらなかった。
大災害に見舞われた村を、最速で復興させたのだ。
壊れた家を式神によって補強し、みんなの家の修理を手伝った。
いち早く村のみんなが元の生活ができるよう、尽力した。
ダメになった畑も耕した。
どんな時も、トキは笑顔でみんなを励ました。
そんなトキがアリスとわかっても、誰も何も、恐れたり中傷したりしなかった。
むしろ、村の神ともいわれ、みんなから感謝されたのだ。
しかし、そんな偉業を成し遂げたのだ。
国が見過ごすわけがなかった。
トキは国からの任務要請を、身を隠しながら断り続けていた。
今度こそ、逃れることはできない状況。
しかしトキは、逃げも隠れもしなかった。
村への多額の復興資金と引き換えに、政府の要求をのだのだった。
もちろん、村の人たちはそんな取引があったことなんて知らなかった。
「トキさん、私も一緒に連れて行ってください」
「ダメだ」
「もう、あなたをひとりにしたくありません」
「何を言ってる。
俺は十分すぎるほど、人に恵まれたよ」
また、この目だ。
諦めたような目。
ひとりで行くと決めた目だ。
一度は、連れ戻したのに、また行ってしまう。
「トキさんは!
...私がいなくて平気なんですか...!
私のことを、忘れられますか!!」
叫ぶように言った。
届いてほしいから。
胸に深く深く刺さるくらい...
「私は忘れない...!
忘れられるわけがない!
ずっと一緒にいたいです!
何があっても...っ
アリスがあるとかないとか、関係ない!
過去がどうとか、今がどうとか、関係ない!
私は、トキさん自身をみて、トキさんのそのきれいな心とともに、生きていきたいっ」
ハルは、こんなに強い女性だったのか...
こんなに強い目をする女性だったのか...
こんなにも、自分の心を揺さぶられるなんて...
「ずっと一緒にいられるわけじゃない」
「...心は寄り添っていられます」
「また、ひとりで待たせてしまうかもしれない」
「...大丈夫です、トキさんは戻ってきてくれます」
「ハルちゃんには、敵わないね」
トキはそう言って笑った。
「行こう、一緒に...」
トキはそう言って、手を差し出した。
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