東雲 時
「ほんとに詩くんなのー?」
たじろぎながらも、そうです、と答える詩。
「そうだそうだー。
髪の色が派手なもんで気づかなかったけど、若いころの時さんにそっくりだよ」
「ほんとだあ、これはびっくり」
「いやあおっきくなったね。
俺は電気屋の松下だよ。
ほらよく野菜届けてた」
口々に皆、詩によってその肩をぽんぽんとたたく。
詩は、目を丸くしていた。
「みんなそんな一斉に話しかけるなって。
びっくりしてるよ」
「だいたいこーんなちっちゃかったんだ、覚えてるわけねえよ」
「す、すいません...」
「いや謝ることじゃないよ」
「時さん、孫にデレデレだったもんなあ」
「俺なんか、神社の掃除のアルバイト遅刻して何度怒られたか」
「あー怒ると怖かったねえ」
「それが孫のことになると上機嫌で」
「いやあでも、優しかったよ。
あの人はほんとに」
みんな、時を思い出し懐かしんでいた。
「この村のみんな、時さんのこと大好きだったよ」
自分のことではないのに、すごく、嬉しかった。
「祖父は...どうしてこの村に...?」
詩は気になって、きいてみる。
すると、みんなやわらかく微笑む。
「ああ、ここはハルちゃんの生まれ育った場所だよ」
ハル...と聞いて、墓標を思い出した。
東雲 春。
祖母の名前だ。
「戦後間もない時、この村は貧しくてね...
何キロも離れた町に野菜とか米を売りに出なといけなかった。
女だろうが子どもだろうが、それは関係なくて、ハルちゃんもよくおっきな籠しょって、町に行ってた」
ある時、ハルちゃんはどういうわけか、ケガでボロボロになった青年を抱えて帰ってきた。
ひどいケガだったよ。
それを1週間ずっと、毎日看病してた。
自分の家だって貧しいのにさ。
その青年は、お礼にとその村の農作業を手伝ってくれた。
若いのに腕っぷしがよくて、100人力だった。
そのうち村のみんなと仲良くなって...
明るくってほんと、良い人だった。
この村の太陽みたいだった。
それが、時さんだ。
「これはね、あとでハルちゃんにきいた話なんだけどね」
やさしそうな、おばあさんが話し始めた。
あの日、どうしてあの青年を連れてきたのか知りたくて...
みんなには、道に倒れてたって言ってたけど、そうは見えなかった。
だから少ししつこくきいてみたんだ...
そしたらね...
時はその町で大工をやっていた。
時の仕事場の近くで野菜を売っていたハルは、毎日野菜を買いに来る時とすぐに仲良くなった。
後日談だが、時はハルに一目ぼれだったらしい。
だから毎日、野菜を買いに行っては話す口実を作っていた。
ハルが重そうに荷物をもっていれば助けてあげていたし、たくさん売れ残ってしまった日にはたくさん買っていた。
そうやっていくうちに、ハルも時を意識し始めたんだ。
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