東雲 時
母の話を静かにきいていた詩。
幼い時、式神のアリスに過剰に反応した理由。
時との確執...
今になって、分かった。
「琴ばかり責めないでくれ...
あの頃の琴は精神的に不安定だったんだ。
母親が亡くなってから時間は経っていたけれど、その傷が簡単に癒えるはずはなくて...
父と絶縁したことも心のどこかでは、後悔をしていたと思うんだ...
僕が父親として、夫として、琴の父みたく強ければよかったんだけど...
あの時の僕はまだ若くて...本当に不甲斐ない...
お義父さんみたく、家庭を守りたかった....」
詩には、誰も責めることができなかった。
みんな辛くて、心が張り裂けそうで、苦しかったんだと、痛いくらいに伝わったから...
幼いころの両親の記憶は悲しいものだったけど、恨んだことなんて、一度もなかった。
「俺は誰も責めないし、恨んでないよ...
だから、父さんも母さんも...
自分のことを...
許してあげて」
詩は、ふわっと笑った。
長年心の中にあったわだかまりが、軽くなった。
そして琴はその笑顔の中に、幼いころみた父、時の笑顔を重ねていた。
「それから...
じいちゃんは、ちゃんとばあちゃんのとこに戻ってるよ。
約束、守ってる。
きっとばあちゃんも...会ったことないけど...幸せだと思うよ」
詩は数日前のことを思い出す。
ここに来る前に、時の墓を訪れていた。
この枢木家があるところよりもずっと田舎で小さな村。
詩が幼い頃、時と暮らした神社に、その墓はあった。
白い花を抱え、鳥居へと続く階段をのぼった。
途中、はっとした。
今はもう、誰も管理する人がいないはずなのに、手入れが行き届いているのだ。
誰が...
そう思ったけれど、あたりはとても静かだった。
境内へと足を踏み入れ、目をつむってそっと深呼吸する。
木々がざわざわと風に揺れ、鳥の鳴き声がした。
一瞬で呼び起される、あの幼き日々。
老人に追いかけまわされながら走る男の子。
歳の割に響く大きな声。
いつも温かく見守ってくれた、笑顔。
そこら中にいた、小さな式神たち...
あの日々は、本物だ。
嘘じゃない。
じじいが、全身全霊で、俺を愛してくれた日々。
あの豊かな日々がこの胸の中にあったからこそ、どんなに暗い闇の中でも、歩み続けることができたんだ。
いい匂い...
また、ここに来ることができた...
卒業して、一番にくると決めていたよ。
ただいま、じじい_____
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