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家族へ



生まれて初めて、電車に乗った。

都市部は人が多すぎて、駅も広すぎて、危うく迷子になりかけた。

それでも、鳴海に教えてもらったおかげで、なんとか電車を乗り継ぐことができた。

人がまばらな郊外の電車はやっと安心できた。

これでもう乗り換えはしなくていい。

目的地まで、あとちょっとだった。

都市部と比べ、緑が多くなり、流れる景色も新鮮で、子どものように窓の外を眺めた。

何度か、隣に座る人が変わった。

もう一駅、というところで、お腹の大きい女の人が、3歳くらいの男の子の手を引いて、隣に座った。

男の子は落ち着きがなく、はしゃいでいたのを母親はなだめる。

「ほら、もうすぐお兄ちゃんになるんでしょ」

と。

そんな会話を微笑ましく思っていると、男の子は詩の腕に興味を示した。

「おお。

これ、気になるか?」

やさしく言って、目線を合わせる。

詩の腕には、銀色の細いバングルが光っていた。

一見、アクセサリーにみえるが違う。

詩の位置情報を随一伝える、GPSが埋め込まれた特殊なもので、詩ひとりでは外せないもの。

外したり、外そうとする行為は、処罰に値する。

詩は卒業してもなお、国に管理されるアリスとして、登録されているのだ。

成人した今、何か非常事態があれば、すぐに招集がかけられる。

「すいません...っ」

母親は申し訳なさそうに言うが、詩は笑顔で「構わないですよ」と言って、男の子とじゃれて遊び始めた。

「休んでてください」

詩はそう言って、男の子の子守を引き受けるのだった。






目的の駅につく。

人はまばらな駅だった。

しかし、学生はいるし住宅街も見えた。

人々の生活感が漂っていた。

詩を降ろした電車が動き出す。

窓から、あの男の子がこちらに向かって手を振っているのが見えた。

詩は笑顔でそれに応え、改札を出た。






この町か...





何度も引っ越しを繰り返しているらしい。

だから自分が幼いころ、両親と過ごしていた場所とは違う。

初めて訪れる場所...

そもそも幼すぎて、場所に関してはあまり記憶に残っていない...




覚えていると言えば...





ーなんで、なんで普通の子に生まれてくれなかったの?!



ーこっちを見ないで!



ー気持ち悪い!!





母からの、つらい拒絶。

目を背けられた、父の瞳。





思い出すだけで苦しい。

知らない町...

知らない人たち...

途端に、寂しくなってきた。

正直、怖い...

こんなふうに、過去と向き合うのは...

今すぐ引き返したくてたまらない。

こんな気持ちになるくらいなら、来なければよかった...

引き返して、しまおうか。

頭の中をめぐるのは負の言葉ばかり。

自分らしくない。

わかってはいても、臆病な自分がいることを自覚した。





「君に今回のこと、任せようかどうか、未だに迷っている。

君が、決めてくれ...

断っても構わない。

どうする、詩くん」

高校長はそう言った。

何度も考えた。

だけど、行きつく答えはけっきょくいつも同じだった。

「行きます。

行かせてください___」

そう、啖呵切ったんだ。

今さら、戻れないじゃないか。





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