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向かう場所



戦争が終わってから、一度だけトキに会った。

これが、トキに会った最後である。

皆には言っていない、2人だけのこと。

東雲家と南雲家のつながりが危険視されていた時代だ。

お互い、会うことすら罪に問われかねなかった。

人目を盗んで、慎重に行動し、やっと会えたのは、終戦後1年経つか経たないかくらいだった。








「ひさしぶりだな、十次」

相変わらず、変わらないその様子に安心している自分がいた。

「お前、煙草なんて吸ってたっけ」

言って、あっと気づく。

「それ...」

「そう、叔父上のだ。

叔父上が残したものだ...」

その言葉に、トキは言葉がつまる。

「勇次さん...」

「半年前に、亡くなった。

結核で...」

トキは、唇を噛み締める。

南雲家には珍しい、どこか適当さと奔放さをもつ勇次に、トキは懐いていた。

身内である十次以上に、懐いていたかもしれない。

「...葬式、行きたかったな」

本当に、ショックを受けている様子だった。

「仕方ないだろ。

南雲家と東雲家...

こうして今日まで連絡手段は絶たれてたんだ。

今日だってこれが見つかればお互いどうなるかわからない」

十次は、煙を吐きだす。

伸ばしているのだろうか。

無造作なその赤髪が勇次と重なって懐かしく思う。

それが少し、嬉しかった。

「見つかるわけないだろ。

お前の結界があんだから」

そう、いつもこいつはこうだ。

当たり前のようにいうトキ。

こうやって、100%信じ切った目で見つめてくる。

戦時中だって、どんな無茶な作戦でも、十次がいるから大丈夫っと、簡単に受けてしまう。

そんな目をされたら、こっちだって、その信頼にたるようにしなければと気合を入れられずにはいられない。

そういう男だ、こいつは。

人を動かす力。

NOと言わせない力。

ゆるぎない自信と、信頼。

終戦後の混乱期で慌ただしく、しまい込んでいた記憶と感情があふれ出てくる。

それを抑えようと、また一本、煙草に火をつけた。




「日本が負ける前だったら、南雲家だって優先的に医療を受けられた。

叔父上も、助かったかもしれない」

うん、と静かにトキは頷く。

「いや、そうでなくとも治癒のアリスは手配できたんだ。

でも、叔父上はそれを望まなかった。

自分は十分生きたって。

これからの未来ある若者のために、これからの日本を担う者たちのために、そのアリスを使ってほしいと。

自分の役割は終わったって...

...悔しかった、俺は...っ」

十次の声は震えていた。

トキにも、その気持ちはわかるからただ、黙っていた。

「政府は、俺たちアリスを使い捨てた。

それだけじゃない。

俺たちが守った土地に生きる人々も、戦争が終われば手のひらを返した。

歩くだけで石を投げられる。

戦犯と、罵られる。

俺たちはまだいい...っ

でも、これじゃ....

これじゃあ、あまりにもかわいそうだ。

戦地で死んでいった仲間が....

俺たちにはまだ生きる選択肢があるけど、あいつらには....っ

もう....っ」

十次は、泣いていた。

「だから、作ったんだな、お前は....

“アリス村”を...」





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