向かう場所
あの、十次の話をきいてから、何か少しつかめたような気がした。
自分の式神というアリスを仕舞う、それに見合った器。
イメージが具体的になると、詩の成長スピードはぐんと上がった。
内に秘める獣を手なづける感覚。
今にも暴走しそうな強大な力に、のみこまれないようにする、確固たる精神力。
単純な、物理的な、強い肉体。
それらを頭においておくのとそうでないのとでは、確かに訓練への向きあい方が違った。
何も考えずに、力任せにつっ走るのではない。
精神を統一し、制御し、まわりをよくみて、相手を捉え、次の一手、その次の次までよむ集中力。
最小限で、かつ最大の力を引き出す動き。
今までやったことのないことばかりで最初は戸惑ったが、だんだんとその感覚はつかめてきた。
つま先から頭のてっぺんまで、身体を、自分自身を制御できている感覚。
それがまた、自信につながった。
今までの自分とは違う。
十次や翔...南雲家と出会って、
その南雲家が治める土地のみんなと出会って、確かに変わることができた。
きて、よかった。
車の外の景色は、だんだん見慣れたものに変わってきた。
もうすぐ、学園に着く____
「お前さ、そういえばなんで結界のアリス隠してんの?」
唐突な質問に、少し驚いた様子の翔。
ある、訓練終わり。
2人で寝転んで星空を見上げていた。
周りに余計な光もなく、邪魔な建物はないから、とてもきれいに見えた。
「バレてたか...まぁでも、南雲家ときけば誰でも察するよな」
案外、あっさりしてるんだな、と詩は思った。
たぶん、南雲家の結界使いときけばその身を狙われるから、とかそんな理由なのだろうとは予想がつく。
そして案の定、そうらしかった。
「でも、じじいのもとにいりゃ、狙う以前の問題だから関係ないんだけど」
たしかに。
と詩は納得する。
あの十次のことだ。
返り討ち...いや、もっとひどいことになると容易に想像がつく。
考えただけで恐ろしいんだから、南雲家のその身を狙う者なんていたらそれは愚か者だ。
「最初は俺も騙されたよ。
お前のことは単純に風使いだと思ってたしな。
....でも」
「あの時か」
「うん」
詩は頷く。
山頂の学校まで迷い込んだ狼を追い払うため、出した犬型の式神。
自分で制御できずににいたから、使わずにいた力だった。
「正直、めちゃくちゃ怖かった。
暴走して、自分が自分でなくなるのが...
でも、なんでか。
お前だったから、信用出来て。
今まで一緒に仕事した結界使いなんか比にならないくらい...
安心できた」
2人は横になったまま、目を合わせる。
「不思議だな。
俺もあの時は、感覚に近かった」
翔も思い出していた。
一瞬だけ、詩の核心に触れた気がした感覚。
でも、油断すればそれはすぐにでも牙をむいてこちらにとびかかってきそうな感覚でもあった。
でも、あのたった一瞬で、これを抑えられるのはきっと、自分しかいないと、そう思ってしまった。
「わるくなかった」
詩はなんだか、満足げだった。
「それでちょっと思った。
俺のじいちゃんも、お前のじいちゃんも、こういう感覚だったのかなって」
「ああ、たぶん...」
詩の言葉に、すごく納得している自分がいた。
昔から聞かされていた、南雲家と東雲家のつながり。
十次はいつも、東雲家は野蛮な一族だと言っていたが、なぜだか気になって。
会ってみたいと、いつしか思うようになっていた。
最初こそ、自分のアリスの器もわかってないし、見合ってないその様子にがっかりしたものの、その器は、自分では測り知れない程の成長を遂げていた。
短期間で、こんなにも....
これが、東雲家...
式神のアリス...
素直に、かっこいいと思ったよ。
言ったら調子のるから、言ってやんないけど...
車中、そっと目を開ける。
いつの間にか寝ていたらしい。
ふと、詩と目が合う。
詩は笑って言った。
「そろそろつくぜ!
アリス学園!!」
.