新たな道
「よっしゃあああああ!!!!」
詩の一際大きな声が高等部に響いた。
櫻野のスパルタな教えもあり、今回のテストでは一応、ぎりぎりではあるが及第点をとった詩。
その嬉しさを櫻野に報告するも、
「僕が教えたのだから当然のこと。
むしろ、その点数で満足している君の神経が...」
と、この先はもう詩にはきこえていなかった。
「ありがとうな、秀!」
その嬉しそうな笑みを長い前髪の間からかいま見せながら、走り去っていく詩を、櫻野はやさしく見送った。
そしてまた、自分もがんばらないとと、気合を入れなおすのだった。
詩は結果が出たその足で中等部の校長室へ駆け込み、どや顔でそのテストをどうだといわんばかりに志貴の前に見せつける。
「...よくもこんな点数でその顔ができ」
「約束だろ!
はやく許可だしてくれ!」
都合の悪いことはきこえないことになっているらしい詩。
志貴はため息をつきながらも、書類にその場で判を押すのだった。
「準備は整っている。
明日にでも出られるよう手配済みだ」
詩は大きく頷いた。
その日の夜、詩は鳴海に焼き肉をおごってもらっていた。
セントラルタウンでも有名店につれて行ってもらい、詩は終始上機嫌だった。
「学園の教師ってけっこう給料いいの?」
わりと高い肉をほおばりながら、詩はいう。
「下品だよ、詩」
鳴海は冷たい目を向けるが、詩はおかまいなし。
「ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃん」
今目の前にいる鳴海は、生徒の前で仮面をつけたナル先生ではない。
「君が思ってるより安月給だよ。
特に最近は誰かさんのせいで仕事が増えたから全然給料に見合ってない」
自分のことだとさすがに察する詩。
「まあまあ、肉でも食べて機嫌直してくださいよっ」
詩は焼けた肉を鳴海の皿へ盛る。
「僕がおごってるんだけどね」
そういわれればぐうの音もでない。
「まあでも、俺はすごい嬉しいよ。
ナルがおごってくれるなんて初めてだから」
詩は満面の笑みだ。
今の詩は、長い前髪をめずらしく結んでおでこまで出しているから、表情がわかりやすい。
そうやって素を出してくるから、鳴海のほうもつられて素を出してしまっている。
詩は目の前で、冷めた目を隠そうともしない鳴海が嫌いじゃなかった。
あの頃の鳴海と同じだ。
背伸びもしてない、偽ってもいない、ありのままの鳴海だ。
「年長者としておごるのは、詩が卒業してからにしようと思ってた。
一応、教師と生徒っていう立場だからね」
そう言ってビールをのむ鳴海が、大人に見えた。
実際大人なのだけど、やはりあの頃から先輩後輩という関係性は変わらないなと思った。
いつも数歩先を歩く、クールな先輩。
頼りになるし、憧れだった。
本人には言ってやらないけど。
「それにしてもうまいよな!ここ!
帰ってきたらまたおごってくれよ!」
ぱくぱく食べる詩。
「調子がいいんだから...」
鳴海はそう言ってまた、ビールを一口のみながら、横目で詩を盗み見る。
そして、元気そうに食べる詩に安堵している自分がいることに気づく。
初校長にアリスを奪われ幽閉されていた時より、ずっと健康的な身体に戻っていた。
あの時、あんなに弱った詩をみるのは初めてで、ショックを受けたのを覚えている。
青白い顔に、細くなった腕、笑顔もどこか力なかった。
それが今、目の前で年相応に食欲旺盛で気持ちいい食べっぷりを見せてくれている。
それだけで感慨深くなるし、自分も歳をとったなと自嘲した。
「あ、今笑ったな。
どーせ俺のことまたガキだと思ってんだろ」
ふくれっつらの詩。
「よくわかってんじゃん」
そう言って鳴海も笑った。
詩、君は学園が平和になった今でも歩むスピードをゆるめない。
きっと君は止まらないんだろうね。
君という希望の光が、この学園にどれだけの明るさをもたらしてくれたか...
そんなの君には振り返ってる余裕なんかないんだろうけど。
僕は、いつだってこの学園で君の帰りを待ってるよ。
君が安心して帰ってこれる場所として、学園を守り続ける。
焼き肉くらい、いつだっておごってやる....
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