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向かう場所



「詩、お前の足りないところはなんだと思う?」

伸びる詩に、唐突に問う十次。

「えっと...体力...?

それから、武術と...体術...?」

ふぅ、と息を吐きだす十次。

「まだわからんか」

少し呆れている様子だった。

「なんだよ、それ!

俺に足りないものって!」

詩はひょいっと上体を起こす。

「体力、武術、体術...

まぁ、間違ってはいないが、解釈は違う。

お前は、アリスについて、アリスの本質について考えたことがあるか?」

アリスの本質...?

詩の頭の上には疑問符が並ぶ。

「そんなことも、学園では教えてくれないのか」

お前のような特別なアリスがいるというのに....

半ば、呆れて十次は言う。

「アリスとは、魂そのもの。

そしてそれが宿った身体は、その魂のいわば、器じゃ」

器という言葉は、前に十次が言っていたのを思い出す。

「アリスは天からの授かりもの。

選ぶことはできない、運命。

天賦の才、とも言うとかなんとか....

その精度はある程度磨くことはできても、その上限は決まり切っているのが現実。

でも、器は違う...

いくらでも、磨くことができる。

器とは、己の精神と肉体の強さが合わさって、備わるものだ。

そして、天から授かった魂を、アリスを収めるもの」

詩は、静かに話に聞き入る。

「詩、お前の肉体は、まだその式神というアリスを受け入れるには未熟すぎる。

そうは言っても、お前のアリス以外の能力はその歳にしては上出来。

それでも、式神のアリスを前にそれはまだ、ちっぽけなのだよ。

他のアリスだったら話は別だが、お前の授かったその天賦の才は....お前が思っているよりはるかに、特別なものじゃ」

ぐっと、胸を鷲づかむ詩。

未熟な器。

強大なアリスを受け入れる器量...

考えたこともなかった...

「お前の祖父、トキをはじめとした東雲家は昔から、そのアリスに見合う器になれるように、鍛錬を怠らなかった。

それが、自分を守ることであり、仲間を守ることにつながるから...」

もっと早く、もっと早く知りたかった...

自分を守る方法、仲間を傷つけない方法...

唇を噛み締める詩の気持ちがわかってか、十次の口調は心なしか優しくなる。

「自分を責めることはない。

東雲家は衰退し、訓練すること自体が反逆罪とでも捉えられかねなかった時代もあった。

このアリスとの向き合い方を教える方法も、時間も、場所も、なくなっていったのだから...」

そう、仕方のないこと。

このまま、東雲家は衰退の一歩をたどる運命だと、わしもほぼ諦めていた。

それなのに、急に、お前は...

本当に、お前というやつは、お前たちは...

十次は、詩にトキを重ねていた。





「でも、今お前は自らこの環境に飛び込んできた。

確かに、東雲の血を感じるよお前には。

トキのように、アリスに負けない自分になれる。

そして、ここにはわしがいる。

この残り短い余生、お前に教えられるだけのことすべて叩き込んでやるから覚悟しとけ」

気合の入る十次の言葉。

詩は顔をあげた。

その顔は、やる気に満ち満ちていた。

「オス!」

何度折られても瞳の輝きはなくならない。

むしろ、輝きが増しているのではないか。

十次は、安堵していた。

そして心にそっと誓う。

トキ、お前はこの詩に、この、目の前で瑞々しく息をする孫に、自分で、その手で、このアリスとの向き合い方を教えたかったに違いない。

わしではなく、式神のアリスをもったお前にしか、教えられないことなんてたくさんあっただろう。

お前が教えるに越したことはない。

でも今となってはもうそれは叶わないこと。

ならば、式神のアリスと共に命を燃やしたお前を、一番そばでみてきたわしにしかできないことをやるのみ。

絶対にお前の孫、詩を式神に食いつぶさせたりはしない。

お前の受けた苦しみを二度と、後世に伝えぬよう。

わしが必ず、式神の器を育ててみせる。

だから、安心してくれ。

それが、お前のためにわしができる最後のこと。

もう会えぬと思っていた式神使いが、わしの前に現れた意味...



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