向かう場所
「俺も、早くこんな石がつくれるようになりたい」
見送りこそあんな感じだったが、十次からの思いがけない餞別に、詩の決意は固まっていた。
「じじいたちも、俺らくらい...いや、たぶんもっと若い時からこれを作れたに違いないんだ。
だから俺たちだって」
翔も、その思いは同じだった。
今まで、憧れで、届かない存在で、家族であり師だった十次のもとを初めて離れる。
一人前と認めてもらえたけど、そんなんで満足しない。
もっともっと成長して、強くなった姿をじじいに見せつけてやるんだ。
あっと言わせてやるんだ。
そう、決意して一度だけ振り返る。
もう、あの山は小さくなっていた。
待ってて、みんな____
「でもまずお前は、自分のアリス取り戻してからだな」
未だ嬉しそうに祖父時のアリスストーンを握ってその重みを確かめ、光に透かす詩に、翔は言う。
「わかってるよ」
ふいっと子どものように口をとがらせる詩。
何歳だよ、と思いつつもこの少しの間でも詩の動向や思考は粗方理解したつもりだ。
「ま、俺がいるからにはもう、お前に無茶はさせねえよ。
死に急ぎ野郎さん」
得意げに翔は言う。
「それはそれはたいそうな自信で!」
負けじと言い返す詩。
「のんびりしてたら俺は置いてくからな」
「はぁ?それはこっちのセリフだっつーの」
車内でも飽きずに続くこのやりとり。
詩にできた、初めてのライバル。
アリスとして対等にわたりあえる、仲間、相棒という存在に、なんだかくすぐったい気持ちは翔には秘密だ....
日が西に傾き始める。
結局山を出たのは昼を過ぎていたので、郊外の村から都会のど真ん中、学園を目指すとなると、もうそんな時間。
....久しぶりの学園だな。
みんなに会えるのが、とても楽しみだった。
そして何より、隣の翔をみんなに一秒でも早く紹介したかった。
強くてすっげえやつがいる!俺の相棒だ!と、早く自慢したくてうずうずしていた。
そんな詩の気も知らずに、翔はすやすやと寝ていた。
...こんな顔、最初は見れなかったな。
と、山での修業を振り返って感慨深く思う。
最初は油断も隙もあったもんじゃなくて、その面を剥がすのに必死だった。
剥がしたとしてもその冷静な顔つきを変えることなく、いつも負けてばかり。
悔しくて悔しくて、たくさん練習した。
なぜか、誰よりも、翔には負けたくないと思っていた。
それが今や布団を並べ同じ釜の飯を食い、こうして無防備な姿を見せてくれるようにまでなった。
自分の成長とともに、うれしさもひとしおだ。
飽きずに見つめるアリスストーン。
詩は、十次の言葉を思い出していた。
それはある訓練終わり。
あまりにもキツすぎて、場所も選ばずに山中に転がり伸びていた。
「うぉぉおおお!!!!
めっちゃきちーっ!!」
詩の雄たけびのような声が山に響く。
翔は相変わらず涼しい顔で近くに流れる川で顔を洗っていた。
十次は、近くの岩の上に腰かけつかの間の休憩をそっと見守っていた。
「でも、こんなにアリスを使わない生活...
初めてかもしれない...」
ふと、思い返す詩。
学園にいると、任務に追われる日々。
そうでなくても、どんな悪戯しようかと、式神を手の中で遊ばせながら考えて。
授業中もどうやってサボろうかなーと、式神を使って考えていた。
でもここに来てから、そんな暇はどこにもない。
サボろうものなら、すぐに十次に見つかりあの鉄拳を食らう。
それよりも、翔との差が広がるのが一番嫌だった。
あいつは、俺が足踏みしている間も、こうやって毎日鍛錬を重ねてきたんだ...
それがわかるから、自分も必死に食らいつこうと必死になった。
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