いってきます
「なぁに暗い顔してんだ?
もしかして、気でもかわっ」
「まさか!」
すかさずさえぎる翔の言葉に、満足そうに頷く詩。
そんな時、
ヒュオっ
と一風が吹く。
それは、風使いの翔にしかわからないもの。
...十次の気配だ。
そののち、みんながざわつき始めて、詩もその気配を察する。
みんなが、さっとその通る道を開ける。
翔よりも低く、少し引きずるような下駄の音が近づいてくる。
「ったく、南雲家ってそんなに面が好きなのー?」
緊張感を台無しにする詩の発言には、みんな未だに慣れずに冷や冷やする。
「ほんとお前うるさいな」
小声で悪態をつく翔。
そんな2人の前で、十次は止まった。
「遅いよーじいちゃんっ」
敬意をはらうという言葉は知らないらしいが、どこか憎めないのだから不思議だ。
「見送ってくれないのかと思った」
翔も、そう一言。
皆、続く十次の言葉を待っていた。
「翔、詩....」
名前を呼ばれ、自然と背筋が伸びる。
これも、鬼のような修行のおかげかと、内心詩は思う。
そんな中、十次の様子がいつもと違うことに気づく。
肩を震わせ、鼻をすする音...
2人は顔を見合わせる。
「いつでも、戻ってこい!
振り向いた先に、この場所があることを忘れるな。
帰ってくる場所はある。
ひとりじゃないってこと、忘れるな。
それだけで、お前たちはつよい!!」
十次の言葉が、2人の胸に確かに響いた。
「わかったら、もう行け...
辛気くさいのは性に合わん。
____早く、行けっ!!」
山に、いつもの十次の声...いや、少し震えた声が響いた。
それでも凄みはあっとうされるほど。
バンっと背中をたたかれたような気分。
木々に留まっていた鳥たちも、一斉にバサバサっと飛び上がった。
そこで、翔と詩は顔を見合わせにやっと笑う。
「じゃあなっ!!!
じじい!!
みんな!!
ありがとう!!
いってっきまーす!!」
詩の声が山に高らかに響き渡った。
そうして一際大きな風があたりに吹いた。
そのはずみで、十次の天狗の面が空ヘ舞い上がる。
みんな、あっと声をあげるが遅く、詩は初めてその十次の顔を見た。
みんなも久しぶりに十次の顔は見ていた。
その顔は、詩の想像していたよりはるかに優しく、あの雷のような声からは考えられないくらいに、涙にぬれ、ぐちゃぐちゃだった。
詩は、思わずぶっと吹き出す。
「翔っお前超最高!
南雲のじいちゃん、泣いてやんのーっ」
詩は翔の風のおかげだとわかり、お腹を抱える。
「ばっかお前煽ってんじゃねえよ」
そう翔が言うが早く、十次のいつもの怒声が響き渡る。
「クソガキ共ーーーーっ!!
お前たちゆるさーーーん!!!!
わしがその曲がった根性たたきなおしてやるっ!!」
そう言って、年寄とは思えぬスピードで2人を追いかけるのだからたまったものじゃない。
2人は、慌てて山を駆け降りるのだった。
後ろからは、みんなのにぎやかな笑い声がきこえる。
そんな平和な声が響く山。
十次が築き上げたこの地は、とてもすてきな場所だと思えた。
また、必ず戻る。
いってきます______
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