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いってきます



出発の時間が近づいていた。

気になっていたことを、詩は口にする。

「なぁ、南雲のじいちゃんにはちゃんと言ったんだろ?

このこと」

「ああ、もちろん」

「じゃあ、そろそろ来てくれてもよくねぇか?」

詩はちょっと不満そうだ。

「まぁ、そうだな...」

翔も少し、気がかりになる。

でも、ちゃんと言いたいことは言えた。

自分の意思ははっきりと伝えたんだ_____








昨晩。

静かな南雲邸。

縁側に、いつもの十次の後ろ姿があった。

翔は、緊張した面持ちで斜め後ろに正座をした。

気配で翔がいることはわかっているはずだが、十次は振り向かない。

翔は心に決め、姿勢を正して指をそろえ床につける。

「おじいさま。

お願いがあって参りました」

十次からの返答はない。

しかし、翔はまた息を吸い込み、話を続ける。

「明日、東雲 詩とともに、この山を、村を、出ることの許可をいただきたいです」

深く頭を下げた。

静かすぎる沈黙が続いた。

「お前に、南雲家としての自覚はあるのか」

雷が轟くような低くうなる声。

体中がしびれるようだった。

しかし、ここで引いてはいけない。

俺の決心は、こんなことでは揺らがない。

そのために、詩が学園に戻ると言ったあの日から決意を固めていたのだ。

今日、こうして十次に言い出すために。

「はい、もちろんです。

南雲家としての自覚があるからこその申し出。

おじいさまが、俺にはとうてい想像も及ばぬ戦禍を生き延びたことはしかと存じています。

だからこその決断が、この村を築きあげ、この山でアリスの子どもたちを守り続けること。

おじいさまのアリスもあって、長らくの間、この村の皆、平和に、誰にも傷つけられることなく...

それだけでなく、自分の身を守る術も身に着け、生きていくことができた。

多大な功績であることに違いありません。

誇りに思います。

俺も、おじいさまのようにこの山を守っていこうと小さいころからこの胸に誓っていました。

...しかし、俺は出会ってしまったんだ。

...東雲 詩に!!」

顔をあげ、つい語気が荒くなってしまう。

冷静に言おうと思ったが、もう無理だった。

その言葉に反応するように、十次の背中がわずかにゆれた。

「じじいだって、詩と会ったあの日からわかったはずだ。

東雲と南雲は、やはり切っても切れない縁だって。

じじいは式神のアリスを嫌いだと言った。

でも、俺はそうは思わない!

いや、そんな悲しいこと思わせない!

じじいにも、詩にも....っ

俺は、南雲家として東雲家に唯一寄り添えるアリスとして、詩のそばにいる。

詩の理想の世界もみてみたい。

じじいと詩のじいちゃんの考えは違ったかもしれないけど、俺だって世界をこの目で見て、自分なりの守り方を決めたいんだ。

じじいのやり方が間違ってたなんて思わない。

でも、今みたいにこうやってこそこそと隠れて暮らすのは何か違う気がする...

俺は、胸を張って生きたい!!」





ごくり、と十次ののどが鳴った。

「どこかで、こんな日が来るのではないかと感じていた。

そして、詩が...あのトキの孫がわしの目の前にあらわれ、懐かしい式神を見せた時から...

それはもう、確信に変わっていた」

「じゃあ...」

十次もまた、詩に強く惹かれるものを感じていたと知る。

「やっぱり、あいつには敵わない。

悔しいが、人を動かす力がある。

ついて行きたいと思わせる、確固たる力と、人を惹きつける“何か”があるんじゃ。

その“何か”はわしにはない。

わしがそれに憧れ、トキのそばに居続けた日々が懐かしい...」



クロが、しっぽをふりながら十次による。

背中を丸め、十次はクロをなでる。






「翔...お前が南雲家としての自覚をもっていることはわかりきっていること。

さっきはただ、確かめただけだ。

お前に少しでも迷いがあるのなら、反対する気だったが、それも杞憂。

わしから言えることはひとつだけ。

...勝手にしろ...

わしの人生じゃない、翔の人生。

お前はもう、一人前。

その代わり、決断もすべて自分の責任だ。

...よいな」







「ありがとうっ.....ございます.....」

深く頭を下げた途端、一粒の涙が床に落ちる。

安心と、“一人前”という言葉に、のどが熱くなった____








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