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いってきます



「ほら、みんな顔をあげましょ」

黒峰は言う。

さすが、南雲家には及ばずとも、格式高い名家黒峰家の娘。

こんなにも頼もしかった存在だと、今さらながらに翔は思う。

しかし、そうだったと思いなおす。

同い年で、誰よりも一緒に時を過ごし、言葉数の少ない自分を誰よりも理解してくれていた。

そして、芯の強い女性だ。





「みんな、何のための今までの修行だったの?

みんなは強い。

南雲様のもとで修練を積んだのだから。

一時の南雲家の留守くらい、この山を守ってみせなきゃ。

これから大人になったら、この村を守る大人は私たちよ。

これしきのこと、耐えてみせましょ。

何を弱気になってるの?」

士気をあげる黒峰の一言。

さすが、道場の師範だ。

この言葉で、みんなの不安そうな顔つきが、みるみるうちに凛々しくなっていく。




ーそうだ、今までの訓練があるじゃないか。

ー僕たちは、南雲様のもとで学んだんだ。

ーそれに、一緒に励む仲間だってまだいる。





その様子に、翔はひとつ心配だった肩の荷がすとんとおりた気がした。





「ほら!

俺のお別れ会は散々してもらったんだ!

お前もみんなにちゃんとあいさつしていけよ!」

ぽんっと背中を押す、詩。

ふいなことで一歩前に出てしまう。

そうして気づく世界があった。

一歩前に出た世界。

みんな、いい顔をしていた。

笑顔で、見送ってくれようとしている。

自分が思っている数倍も、みんな強かった。

俺がいなくなったくらいで、弱くなるみんなじゃない。

じじいが築き上げたこの山のみんなは、強いんだ。

そう、胸を張って言える。

信頼して、山を、村を任せられる仲間であり、家族だ。

心配していた自分がばかばかしくなってくる。






「あ、南雲様がわらった」

「南雲様、げんきでね」

「いつかえってくる?」

「手紙、おくってね」







こうして皆に、やわらかく、あたたかく包まれる感覚が、とても心地がよかった。

一層、決意が固まる。

守るべきものをこの手いっぱいに抱きしめて。

新しい仲間..いや...じじいたちの言葉を借りれば、相棒...か。

良い響きだと思った。

そんな相棒のほうをみれば、誰よりも気持ちよく笑っていて、グーサインを送ってくる。




ああ、よかった。

今日、この景色をしっかりと胸に焼きつけよう。

そう思った_____









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