いってきます
別れの朝。
みんな、詩の見送りに集まっていた。
詩は少し安堵していた。
悲しい別れにならなくてよかった、と。
みんな、笑顔で送り出そうとしてくれている。
各々用意したプレゼントや手紙を渡し、歌やダンスなどをにぎやかに披露する。
こんなに明るくしてくれるのも、詩がまた必ずみんなに会いに来ると約束してくれたから。
これが最後の別れじゃない。
そう、思えることが一番だった。
そんなお別れ会も終盤、肝心の、翔と十次の姿が見当たらなかった。
これには、さすがの詩もどうしたものかと思ってしまう。
思えば、みんなと過ごすのに夢中で、あれからまともに翔や十次とは話すことができていなかった。
今日はちゃんと感謝を伝えなければ、と思っていたのだが...
ちょうど、そう思っている時だった。
皆がざわつきはじめる。
「あ、南雲様...」
「南雲様だ....」
「南雲様が通るぞ...」
カラン...カラン...
向こうから下駄の音共にやってくる姿。
出会った時と同じ。
南雲家の正装である赤いラインの入った白装束に身を包み、狐の面をした翔がやってくる。
面からはみ出る南雲家の象徴といえる、赤い毛。
無駄な動作ひとつなく、その静かすぎる所作がまわりを圧するほどの雰囲気だ。
つられて、皆も徐々に静まり、行く末を見守る。
なぜか、そんなはずはないのに、詩と翔が今にも戦い出しそうな雰囲気に緊張感が漂う。
「なんだよ、こういう時くらい、その面外せよ」
最初に口を開いたのは詩。
いつもの調子だった。
「そうだな...」
意外にも、素直に従う翔はすっと面をとる。
今でも皆、翔と対等に渡り合う詩には感心するし、内心冷や冷やしていた。
そんな気も知れず、面をとった翔の顔には、何の迷いもなかった。
というか、何か決意した顔。
何かを察したらしく、詩はにっと笑う。
「詩、俺もお前と一緒に行きたい。
詩の見る景色を、俺にも見せてくれ。
南雲家としても、詩のその式神のアリスに役に立つはずだ。
俺自身も、ここ以外の世界を見たいんだ」
やさしいブラウンの瞳が、少年のように笑った。
「おせえよばーか」
そう、言った詩はこれまでにないくらい、嬉しそうだった。
そしてぴたりととまる、みんなの時間。
静寂があたりを包みこむ。
みんながその言葉の意味を理解した瞬間、悲鳴に似た声が、一斉に響き渡った。
「「「えええええええっ!!!!!」」」
い、いま、なんて?!
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