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新たな道



「と、いうわけなんだ」

かくかくしかじかと、詩は櫻野に勉強しなければならない理由を話す。

「秀も忙しいのにわりいな」

そうは言うものの、何も悪びれている様子がないことはみてわかる。

「何を今さら...

あんなことされたら了承するしかないでしょ」

櫻野はあの公衆の面前の土下座を思い返す。

「わるかったって。

でもあーでもしないとお前受けてくれないと思ってさ」

「ほんと、考え方が幼稚」

「それをこれから直すんだろー?」

と櫻野の気も知ってか知らずか呑気にいう詩。

「お前の邪魔はしないよ。

頼めるのはお前しかいないと思ったから」

詩のまわりにはありがたいことにたくさん人がいる。

それでもその中でも本当に信頼している人のひとりが、櫻野だった。

その櫻野が今、忙しいことも知っている。

彼は今、“国際アリス機関”に入るための試験準備に追われている。

国際アリス機関とは、世界のアリスに関わることすべてを統括するアリスの最高峰機関。

そこに入るにはアリスの強さはもちろん、人間性、精神力、並外れた学力など、審査基準は多種多様で、すべてにおいて100点は当たり前。

100点以上を期待される、いわば選りすぐりのアリスのエリート中のエリート。

日本のアリス学園でも、正規ルートで現役合格した例はここ数年ない。

10年に1人いるかいないかの狭き門。

正規ルートと言ったが、まれに、詩のような裏任務でその名が知れてスカウトがくる、裏ルートもある。

しかしそちらは正規ではないがゆえ、どんな仕事が待ち受けているかは非公式となっており、裏ルートの存在さえ、一握りの者しか知らない。

噂では、スパイのような活動で、常に死と隣り合わせ、その任務の特性上、家族や友人とも会えず、一生身分を隠しながら生きていくことになるという。

かくいう詩にもその誘いがきているのは事実だが、詩は断固拒否しているし、詩を思う志貴や高等部校長もそれを許さなかった。

それに対して正規ルートで入れたものは全アリスの憧れの的、アリスであることで一般人よりもエリートの道が約束されているというのに、その中でも頂点を極める。

仕事内容は多岐にわたり、国際警察、地球規模の環境問題、保健、児童支援など、さまざまというか、人類の平和を目的とすることすべてである。

そんなことだから、本来ならば、櫻野は詩に勉強を教える暇などないのである。






それでもこうして、多少強引ではあるが櫻野は詩との時間をとってくれている。

詩はしっかりとそこを理解し感謝していた。

そしてそこまでして櫻野が厳しい国際アリス機関へ挑戦する目的を、誰よりも理解しているのが詩でもあった。

櫻野は、その一生安泰とされる国際アリス機関へ地位と栄誉を求めにいくのではない。

“今井昴”という存在。

それが、詩と櫻野にとって、とても大切な存在であることは共通項だった。

その手掛かりを、あそこでなら、つかめるかもしれない。

解決となる、糸口がみつかるかもしれない。

櫻野はそう、考えていた。

詩が自分にしかできないやり方で動くのをずっと見守ってきた。

そこで考えていた。

自分にも、自分にしかできないやり方があるのではないか。

僕にしかできないこと....

考えた末たどり着いた答えがこれだった。

ただでさえ、試験まで時間がない。

学園のごたごたで試験対策を始めるのは遅かった。

そのごたごたが原因で受けようという気になったのだけど。

いくら学園の首席といっても、国際アリス機関はそんな甘い場所ではない。

それでも櫻野は挑戦しようとしているのだ。

詩はそんな友を誇らしく思っていた。






「戦いは終わってない...」

静かな櫻野の瞳。

いつだって冷静な彼。

「ああ」

「この、自分自身が半分なくなったような感覚...

これを取り戻さないと、僕は前に進めない」

静かな瞳に宿る熱い炎が、棗の目と重なった。

そう、戦いは終わってないんだ。

詩も、深く頷いた。









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