来たるとき
「立てよ、そんな辛気くさい顔すんな」
詩は、こっちの気を知ってか知らずか、いつものように笑って手を差し出す。
ちょっと目をそらしながらも、その手につかまり立ち上がる翔。
「さっきは、わるかった」
そう、素直に言えば、詩も少し照れくさそうに目をそらす。
「気にすんなって。
あーいうときの感情、俺が一番わかってるから...
てか、実際あたってねーし。
謝る必要なんてねえよ。
それになあ、なーに勘違いしてんのか知らねえけどあんな見え見えのへなちょこパンチ避けようと思えばいつでも避けれるんだからなっ」
得意げな詩にむっとする。
「は?
誰がへなちょこパンチだよ!
じゃあお前のあのわざと手抜いたのはなんだったんだよ」
「いやあれは、お前に学園に帰るって話いつ言おうかタイミング考えてたらぼーっとしてて...」
形勢逆転、怖気づく詩。
「はあ?そんな邪念、稽古中にもってくんなよ!
へたれ!」
これみよがしに言い返す翔。
「あ!言ったな!」
ここで詩がムキにならないわけがなかった。
「だいたいお前が殺気出して来すぎなんだよ。
こっちが話持ち出そうとしようとするとなんかしんねえけど話しかけづらいオーラ出すし!
どんな同情作戦かわかんねえけどっ
こっちだってアホなりにそういうことは敏感だっつの」
「は?誰が殺気なんてっ」
思い当たる節はあったがこうなったら譲れない。
「あーそんなこと言っていいんですかあ?
さっき、俺と離れたくないとか言ってたのはどこのどちらさんでしたっけー?
そんでもって話しかけづらいオーラ出してたの自白してただろうが!」
図星をつかれる翔。
ここまで詩に言い負かされるのは初めてに近い。
そんな詩を見ればこれまた得意げだ。
「うるせえ。
こっちだっていろいろ考えることがあったし、試したいこともあって必死だったんだよ!
あほ!」
「あ、あほ!って言ったな?!」
「さっきお前自分のことあほって言ってただろあほ!」
「自分で言うのはいいけど他の奴に言われるのはなんかムカつく!!」
「は?意味わかんねえ」
こうして、いつもの言いあいが始まってしまえばいつも通り。
しかし今は...
ゴホンッ
大きな咳払いが聞こえ、2人とも、十次を目の前にしていたことを思い出し、にらみ合いながらもいったん休戦。
「本当に、仲が良いのか悪いのか...」
十次も呆れていた。
「ともかく、詩...
わしはお主を正式に弟子として、見送る」
その言葉に、詩は背筋が伸びる。
隣の翔には、十次に弟子として認められたという詩の喜びが伝わっていた。
「それで、ひとつの頼みじゃ...」
なんだろう、と詩は言葉の先を待つ。
「子どもらに、ちゃんと別れを告げてほしい。
詩、お前が思っている以上に、この山の皆、お前を好いておる。
もちろん、わしも...」
詩は、ぱっと花が咲いたように笑顔を見せる。
「あったりまえだよ!
そのつもりでいた!
翔と南雲のじいちゃんはもちろんだけど、寧々さんにも、紅蘭にも、てまりにも、それからユウヒにも....っ
みんなに、お世話になったからな!
感謝してもしきれない。
俺だって、みんなのことが大好きだ!」
そう、照れることなく気持ちよく言うのだから、こっちがなんだか恥ずかしくなってしまう。
「それと、さっきお前が俺と離れたくないって言ってたことなんだけど....」
詩は時々、突拍子もないことを言う________
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