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来たるとき



ゆっくりと、詩は身体を起こしていた。

翔は未だに力が抜け、呆然としていた。

今、詩にやろうとしたこと。

そして、自分で抑えようのない説明のつかない感情。

じじいに、怒られる。

いつもの鉄拳がくる。

そう思ったが、十次は翔ではなく、詩のほうを見ていた。

そして、静かに言う。






「行くのか」





ただ、その一言だけ。

十次は言った。

詩は、静かに頷いた。

それから、ふといつもの詩の雰囲気になる。

周りの空気をゆるませる、不思議なあれだ。

くすっと笑う。





「やっぱ、南雲のじいちゃんには気づかれるか。

かなわねーな」




「当たり前だ小僧。

わしの目を騙そうなんぞ100年早いわ」




「別に、騙そうなんて思ってないよ。

...ただ、言いだしづらくなっちゃって」




罰がわるそうに、詩は立ち上がって未だ地面に膝をつく翔を見つめる。

2人の会話が、わからなかった。

....いや、嘘だ。

わかっていた。

本当は、わかっていた。

詩が強くなるたび、こうなることはずっと、ずっと心の片隅で悟っていた。





ふぅっと、詩は息を吐きだす。

「翔、それから、南雲のじいちゃん。

俺、学園に戻るよ」





わかってる。

この山に来た詩の理由。

修行したその先のこと。

そして、ここに来るまでにいた、詩の帰る場所。

詩が愛する家族と呼べる人たちの存在。

寝る前に、楽しそうに話していた彼ら彼女ら。

勝負での真剣なまなざし、見据える相手、強くなりたいと思うその気持ち。

すべての奥にあるのはそんな人たちを思う気持ち。

詩が見ている景色。

強いものがする目だ。

十次のように、何かを守ろうと固く決意した瞳。






短い間でもわかる。

この山の上の子どもたちと接する詩の純粋な心に触れ、そのまなざしを見つめていればわかる。

詩は、こうして、アリス学園でも分け隔てなく、たくさんの仲間に囲まれ、ひとりひとりを見つめて愛していたのだろうと...

学園での騒動はあらかた聞いた。

単身で、敵か味方かもわからぬ地へ無鉄砲にも飛び込んできた理由も、詩はちゃんと教えてくれた。







「わかってたよ。

わかってた、詩...

きっとお前はここでの生活が楽しくて言い出しづらかったとか、言うんだろうけどさ...

俺が、一番....

お前と離れたくないと思ってしまった。

詩の思いを知りながら、無意識にその言葉を言わせないようにしてたのは、





俺だ_____」







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