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来たるとき



もう少し、もう少し....っ

あと一歩で俺は...っ!!!







...カンッ




___カランカラン....








翔が詩のもつ竹刀を振り払った。

勝敗は翔にあがる。

しかし、翔はきっと詩を睨みつける。

真剣勝負で、気が立っていたのもあった。

集中していた。

それがゆえに、許せなかった。







今の一瞬、ふつうの人が見たら、ただ翔が勝ったかのようにしか見えない。

しかし、2人の間に流れる空気は違った。






「詩...っ!!

お前、今手を抜いたな?!

なぜだ!!」

今日だけで、何十本と向き合ったかわからない。

でも、今の一本だけは違った。

翔は勝負中の興奮冷めやらぬまま、詩を問いただす。








「ごめん...翔」







何度も見つめた、長いミルクティー色の前髪の奥。

グレーの瞳。

たまに、こいつはこういう目をする。

とても寂しそうな。

だけど強く、決意にあふれゆるがぬ瞳。

この瞳と対峙するだけで、自分とは違う道を歩んできた、自分にはとうていわかりえない詩がいることに気づかされる。

そうしていつも思う。

何をひとりで、背負っているのだろう...と。

並大抵のものじゃない。

これだけつらく厳しい修行をやり続けるのだから。

自分には、どうやったってわからない、壁のようなもの。

第一に、詩がその領域には近づけさせなかった。

そのたびに、悔しかった。

何年も前から一緒に過ごしていたかのような感覚は心地のいいものだった。

特異な家系に生まれ、強さを求められる日常を共有できる、唯一の相手だと実感できたから。

しかしたまに、この瞳が現実に引き戻す。

まるで、じじいと、詩のじいちゃんが顔を合わせることのなかった何十年という時間のように。

果てしない溝が、あらわになる瞬間だ。







今日だけは、なぜだか、許せなかった。

何に怒っているのかも自分ではわからない。

こんな気持ち、初めてだ。

こんな衝動的で、説明もつかず、まるで野生の獣のような本能的で稚拙な....





ガッ___





気が付けば、詩に馬乗りになり拳を振り上げていた。

詩は抵抗することなく、先ほどと変わらぬ瞳でこちらを見つめ返す。





なぜだ?

なぜやり返さない?!




それにまた、怒りが増す。

こんな感情、初めてだった。

今、自分がやろうとしていることはわかる。

無抵抗な相手に、自分にも説明のつかない感情だけで殴りかかろうとしているのだ。

こんなの、ただの暴力。

十次が一番嫌うもの....

十次の教えに反するもの....





わからない....

わからない....





きっとこのまま詩を殴っても、わかるわけがない。

この幼稚な気持ち、衝動。

なのに、振り上げた拳を止める術がなかった。







「翔っ!!!」







轟く雷のような、大地全体を揺るがすように、身体全体に響く声。

すんでのところで、翔の拳は止まった。

はっとして、力が抜ける。

驚いていたのは、詩も同じようだった。

2人で、その声の主のほうを見る。





そこには、十次がいつもの天狗の面をつけ佇んでいた。










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