このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

来たるとき



詩がアリス村のこの山に来てから、早いことに、ひとつ、季節が過ぎていた。

季節は夏の終わり。

夜の山は少し肌寒い季節。

詩は山の上での生活にすっかり慣れ、子どもたちと打ち解け、毎日笑いの中心にいた。

もちろん、己の鍛錬も怠ることなく、自分を追い込む厳しい修行は続けていた。

翔との距離もだいぶというか、もう何年も一緒にいたかのようなくらいには縮まり、お互いの呼吸を把握するまで。

来たばかりのころ、翔についていくのに必死だった詩は、今はもう翔と互角。

勝敗がつかず引き分けになることもしばしばあった。

皆、詩の成長やそのひたむきさ、何よりその太陽のような明るさに惹かれていた。

翔もまた、その詩の成長や存在から刺激を受け、より一層自分の鍛錬に磨きをかけていた。

お互いがお互いの成長に、いい影響をもたらしていた。

負けない、と張り合うその2人のその姿はまさに好敵手。

良きライバルと言えた。






「あんなに楽しそうな翔様、みたことない」

黒峰はいう。

「悔しいけど、詩のおかげだね」

納得いかないような顔で紅蘭は言うが、詩のことを一目置いているのは言葉にしなくてもわかる。

紅蘭も天性の運動センス、アリスのセンスはあるが、詩にも同じようなものを感じる。

ずっと道場で詩の動きをみてきた黒峰には、紅蘭と詩、2人に通ずる何かをみていた。

しかしそれ以上に、お互いが一番意識しているのかもしれない。

詩から刺激をもらったのは翔だけではないのだ。

紅蘭もまた、いつのまにか鍛錬を積む詩から目を離せなくなっていた。

いつしかユウヒがぽつりと言ったことを、黒峰は思い出す。

「詩兄ちゃんと紅蘭ちゃん、敵を見ている時、おんなじにおいがする...

2人のことはだいすきだけど、なんだか、あのにおいの時の2人の前には、立ちたくないなぁ」

ユウヒは超嗅覚のアリス。

においでいろいろなことがわかる。

まだ未熟で、そのアリスを引き出しきれてはいないのだが、野生の勘に近いそれは、確かに当たっていると思う。






「詩、もう一本!」

「おう!もちろん!」






ザザッ

ザシュッ

ズズ...っ

ガッ






今日も詩と翔は陽が落ちたことも忘れるくらい、打ち合いをしていた。

日に日に強くなっていく詩。

その成長は無限に思えるほど。

気を抜けば負ける。

こんなに余裕がなくなる相手なんて、じじい以外にいなかった。

吸収するスピードが尋常ではなく、考えていることが筒抜けのように次の手を読まれ、それに伴う反射のスピード感。

だが、この期間翔だって成長しなかったわけではない。

詩の考えていることなら手に取るようにわかるようになってきた。

わかったとしても、避けるので精いっぱいになる。

それでも、ひとつ、翔は自分の中で試し続けていた。

詩のそばにいることで磨いた、武道とはまた違うもの...

それがもう少し、もう少しで見える...

いや、もう完成に近いところまできていた。






.
1/6ページ
スキ