来たるとき
詩がアリス村のこの山に来てから、早いことに、ひとつ、季節が過ぎていた。
季節は夏の終わり。
夜の山は少し肌寒い季節。
詩は山の上での生活にすっかり慣れ、子どもたちと打ち解け、毎日笑いの中心にいた。
もちろん、己の鍛錬も怠ることなく、自分を追い込む厳しい修行は続けていた。
翔との距離もだいぶというか、もう何年も一緒にいたかのようなくらいには縮まり、お互いの呼吸を把握するまで。
来たばかりのころ、翔についていくのに必死だった詩は、今はもう翔と互角。
勝敗がつかず引き分けになることもしばしばあった。
皆、詩の成長やそのひたむきさ、何よりその太陽のような明るさに惹かれていた。
翔もまた、その詩の成長や存在から刺激を受け、より一層自分の鍛錬に磨きをかけていた。
お互いがお互いの成長に、いい影響をもたらしていた。
負けない、と張り合うその2人のその姿はまさに好敵手。
良きライバルと言えた。
「あんなに楽しそうな翔様、みたことない」
黒峰はいう。
「悔しいけど、詩のおかげだね」
納得いかないような顔で紅蘭は言うが、詩のことを一目置いているのは言葉にしなくてもわかる。
紅蘭も天性の運動センス、アリスのセンスはあるが、詩にも同じようなものを感じる。
ずっと道場で詩の動きをみてきた黒峰には、紅蘭と詩、2人に通ずる何かをみていた。
しかしそれ以上に、お互いが一番意識しているのかもしれない。
詩から刺激をもらったのは翔だけではないのだ。
紅蘭もまた、いつのまにか鍛錬を積む詩から目を離せなくなっていた。
いつしかユウヒがぽつりと言ったことを、黒峰は思い出す。
「詩兄ちゃんと紅蘭ちゃん、敵を見ている時、おんなじにおいがする...
2人のことはだいすきだけど、なんだか、あのにおいの時の2人の前には、立ちたくないなぁ」
ユウヒは超嗅覚のアリス。
においでいろいろなことがわかる。
まだ未熟で、そのアリスを引き出しきれてはいないのだが、野生の勘に近いそれは、確かに当たっていると思う。
「詩、もう一本!」
「おう!もちろん!」
ザザッ
ザシュッ
ズズ...っ
ガッ
今日も詩と翔は陽が落ちたことも忘れるくらい、打ち合いをしていた。
日に日に強くなっていく詩。
その成長は無限に思えるほど。
気を抜けば負ける。
こんなに余裕がなくなる相手なんて、じじい以外にいなかった。
吸収するスピードが尋常ではなく、考えていることが筒抜けのように次の手を読まれ、それに伴う反射のスピード感。
だが、この期間翔だって成長しなかったわけではない。
詩の考えていることなら手に取るようにわかるようになってきた。
わかったとしても、避けるので精いっぱいになる。
それでも、ひとつ、翔は自分の中で試し続けていた。
詩のそばにいることで磨いた、武道とはまた違うもの...
それがもう少し、もう少しで見える...
いや、もう完成に近いところまできていた。
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