守り続ける
「...じいちゃんからあんな話、初めてきいた」
夕食を終え、風呂に入り、床についた詩と翔。
畳の上に並んで敷いた布団。
明かりを消した暗い天井を見上げる2人。
「そうなのか?」
意外だなと、詩は言う。
アリス村の山の上の学校では、十次により日本の戦争の歴史をしっかりと伝え聞かされていた。
学園では教科書のたった2ページほどで収まってしまうような歴史を、この山の子どもたちはしっかりと胸に刻み今日を生きている。
「じじいの個人的な話なんて、きいたことがなかった。
東雲家の話は何度か耳にしたけど、いつもその先は教えてくれないんだ。
わざと避けてるような...そんな感じ。
なんでだろうとは思っていたけど、今日、それがわかった。
...じじいは今でもずっと、戦い続けてるんだな」
翔は、顔だけ詩のほうを見る。
「お前のじいちゃんとの約束を、守り続けてる」
ートキとアキは俺が守る!
守る...
守る...
簡単に言ってはいけない。
強さと、覚悟をもったものにしか、言うことはできない言葉。
今まで詩は何度もその言葉を口にしてきたけれど、トキと十次のそれは、はるかに大きな意味をもつものだと知った。
時が流れ、時代を超え、2人の間でその守るという言葉の意味は変化してはいるけれど、一時たりとも、お互いそれは忘れたことはないのだろう。
平和への思い
命の重み
つなげていく意志
過ちを二度と繰り返さぬよう
同じ苦しみを誰にもさせぬよう
それが、今は亡きトキとアキが生きた日々を守ることになるから。
あの時の約束を、守ることになるから。
精一杯戦い、命を燃やし、数えきれない死を前に流した涙、次の命をつなげたあの瞬間、あの時間を、絶対になかったことにはしない。
「なんかさ、俺、じじいの話をきいてから震えがとまんなくてさ...
ははっ...おかしいだろ?」
翔はぐっと拳を握る。
詩なら笑ってくれると思ったが、こっちを向いた詩は、今まで見たことないくらいに真剣な顔だった。
雲が晴れたようだ。
山の夜は、意外に明るい。
月明かりが、お互いの顔を照らす。
「俺もだよ、翔。
震えてる...」
詩は布団からその拳をだす。
「俺が生まれた意味...
このアリスをもって生まれた意味...
それに悩んで、苦しくて苦しくて...
自分を責めるんだ...いつも...
でも、俺のじじいと、南雲のじいちゃんが必死で生きた日々を考えたら...
あんな決意と約束を聞いちゃったらさ....
今俺がここにいることが奇跡のように思えて...
生きてて、よかったなって...
心の底から思える___」
翔は自分の拳を詩に合わせる。
学園で過ごした詩の友だちより、はるかに過ごした時間は短い。
だけど確かに、何か強い絆みたいな、昔からこうなることがわかっていたような、そんな感覚にならざるをえない。
「詩と出会えて、よかった。
詩がこうして、生きて、俺の前に現れてくれたことがきっと...
じじいたちが守ってきたものに意味があると、証明してくれたんだ」
つながった過去と未来。
そして今を生きる若き2人。
これから2人が守っていくもの、両手いっぱいに抱えていくもの、辿る道、受け取り与える愛情...
それらを温かく包み込む希望の光は、確かにある_____
.