守り続ける
連日、戦闘が続いていた。
さすがのトキにも、疲れがみえる。
他にはわからないようにふるまっていたが、十次にだけはわかった。
さらに、相次ぐ仲間の死に、皆の精神も疲弊しきっていた。
軍の士気も下がりつつある中、トキはいつだって仲間を励まし、先頭に立って戦っていた。
「俺たちならやれる。
内地の家族を、日本を守るために。
今ここが、踏ん張り時だ!
ここでやめたら、仲間の死が無駄になる。
俺たちは、進み続けなきゃならない」
トキの背中をみて、みんなついていった。
トキのいる分隊は、戦死者を一人もだしていないことで有名だった。
当時、日本軍の中で戦闘において、トキと十次の東雲南雲コンビの右に出るものはいなかった。
その分2人は、一番戦いの激しいところを任せられた。
休む暇など与えられず、少しの睡眠と食事だけで、連日出撃をさせられていた。
それでも、行きたくないなどと言っていられなかった。
弱音なんて吐いたときには軍に背くとして罰せられる。
それは父を隊長にもつトキでも、同じことだった。
ある時、分隊の仲間のひとりが弱音を吐き、それが上官の耳に入ってしまった。
懲罰房に入れられた仲間は3日間水しか与えられず、さらに曲がった精神を正すという理由の下、暴力を受け続けなければならない。
トキは仲間を思い、隊長である父のもとへ向かった。
そして帰ってきたトキの頬は赤く腫れていた。
しかしそのかいもあって、仲間は懲罰房を出されたのだ。
トキはそんな時まで笑って、「たいしたことない」といってのけるのだった。
「久しぶりに父さんに会ったよ」
夜、ベッドの上、トキは口を開く。
向かい側のベッド、うん、と頷く十次。
トキと、トキの父との間には、秋の事件以来溝があることを知っていた。
秋を東雲家の恥として事件をもみ消そうとした父。
名誉を守りたかった、トキ。
2人はその時以降、まともな会話をしてないという。
「殴られた...」
「そうか...
お前ばかりそんな思いをさせてすまない」
「いいんだ。
仲間が戻ってきたんだから、これくらい」
少しの沈黙のあと、トキは話し出す。
「上官や、みんなの前で殴られてから、父さんが2人きりにしてくれと言った。
みんな出て行って、父さんの部屋で2人きり。
もう何年も、そんなことはなかった。
...緊張したかも...」
うん、と静かに相槌を打つ十次。
「殴ったことを謝ってた。
すぐに、仲間を懲罰房から出すことを許してくれた。
それから、頼ってきてくれて嬉しかったと、言ったんだ。
面目上、殴らなければいけなかったけど...」
驚いて、トキのほうを向いた。
トキはじっと、天井を見つめていた。
「父さんは、日本は負けるかもしれないって言ってた...」
「そんな...っ」
日本軍の隊長が、そんなことを言うなんて...
十次には信じがたかった。
「俺は言ったよ。
じゃあ、今俺たちがしていることは何になるんだって。
意味はあるのかって。
秋があんなに早く訓練を受けさせられた意味は、あるのかって...」
トキが泣いているを初めてみた。
月明かりに照らされ、それは美しかった。
「父さんは、ずっと謝ってた。
そして、言い訳にしかならないけどって...
“俺も国の使い捨ての駒でしかないんだ”って。
...初めて、父さんがかっこ悪いと思ったよ。
秋のことで軽蔑したり、意見が食い違ったりしてたけど、俺の中の父さんはいつだって最強で...かっこよかったんだ。
そんな父さんが、俺に謝るんだ。
悔しかったよ...」
十次も、唇を噛み締める。
「それで、最後に言ってた。
負けてもいいから、生き延びろって。
戦争が終わったら、戦いとは無縁の世界で生きろって...
秋のことは本当に悪かったって...
辛い思いをさせたって...
初めて...そんなこと....っ」
トキの声はわなわなと震えていた。
「なぁ、十次、俺たちは何と戦ってるんだろう。
俺たちは、守りたいものを、守れてるのかな...
この戦いのあとの未来に、何があるのかな...」
トキは、絶望していた。
戦う意味を、見失おうとしていた。
「トキ、俺がいる。
日本が負けるなんてそんなの嘘だ。
俺たちは最強なんだ、最強の相棒だろ?!
らしくないよ、トキ」
この時の僕は、そう言うことしかできなかった。
トキは、「そうだな、ありがとう」と言って、眠りに落ちた。
数時間後、警報によって起こされるけど、つかの間の休息。
どうかトキ、今だけでもゆっくり休んで...
きっと、僕たちは疲れてるんだ。
だから少し休んだら、また前だけ向いて進もう。
大丈夫、トキの隣には僕がいるから...
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