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守り続ける



平和で静かな午後。

南雲邸で詩はじっと、十次の言葉に耳を傾けていた。

「今はずいぶんいい世の中になった。

航空機の音も、爆撃も聞こえない。

木々と、たまにきこえる動物や元気な子どもたちの声が、こんなに心地いいなんて....

お前たちにはわからぬ感覚よ...」

天狗の面越しに、詩と、そしてその奥で柴犬クロと戯れる翔を見つめる十次。




「トキの全盛期...

ちょうどお前たちの年くらいかの。

その頃のトキは、他をも圧倒するほど強かった。

もちろん、今のお前よりもな。

お前は、もっと強くならなけらばならないと言った...

それは何故じゃ?」

詩は一拍おいて、話始める。

「守りたいものを守るために。

それと、大切な人を俺は、思い出さなければならないんだ。

そいつは、仲間の命と引き換えに、長い長い終わりの見えない時空の旅に出てしまった。

俺は、そいつを...昴を、連れ戻さなければならないんだ」

思い出したくても、思い出せないこのもどかしさ。

お前は、どこへ行ってしまったんだ...





「いつの時代も、悩みは一緒といえるか...」

十次はため息をつく。

「忘れてしまうことの罪深さはわしがよく知っておる。

人間は自分にとって苦しい記憶ほど忘れようとする。

それは人間の機能として、当たり前のようじゃが....

それでもお主は、その苦しみに立ち向かうというのだな?

本当に、終わりがない戦いになるやもしれんというのに....」

十次に、試されているような気がした。

だからこそ、ちゃんと答えた。

「忘れてしまうのは簡単です。

でも、それじゃいけない気がするんです。

残してくれたわずかな手掛かりが、見つけてくれと俺に言っている気がして...

たとえ、みんなが諦めてしまっても、俺だけは絶対に、あきらめたくない。

俺が今、こうして生きている理由、生かされた理由、この未来を託された理由が、あるのだとしたら...

俺はこのアリスを使って、自分の一部を使って、わずかな可能性でも信じて進みたい。

そのために俺は、強くなりたい。

もっともっと、強くなりたい。

じじいの全盛期みたいにはならなくても、そこに近づきたい」

面越しにでも、じっと見つめられているのがわかる。

並々ない圧力に、負けじと見返す。

「お前の覚悟は伝わった。

さらにお前は、わしの与えた課題以上のことをやってのけた。

自身の強さを証明するだけでなく、この短期間で成長してみせた。

わしは確かにお主に、トキのような、その能力の器をみることができた」

「能力の、器...?」

聞きなれない言葉に、耳を傾げる。





「そうじゃ、能力の器...つまりお前自身。

簡単に言えばお前の身体そのものじゃ。

あの時代は戦争がすべての時代。

勝つか負けるかで、明日の飯もわからなくなる。

そんな中で、アリス兵たちは自分のアリスを発揮するための訓練を強いられた。

肉体の強さが、それに匹敵する。

アリスの精度だけでは、ことお前のような式神のアリスは戦えぬ。

いやむしろ、仲間の命さえも奪いかねない。

東雲家は、誰よりもその肉体の訓練を必要としたのじゃ」

なんとなくわかった。

この山にきて、翔や紅蘭、黒峰の強さは、アリスだけのものじゃないことはわかった。

そしてその強さは己の肉体を極める武道にあることも、道場での訓練で知った。

「わしのもとで、鍛錬を積みたいか」

響く十次の声に、痺れるように背筋が伸びた。

「はい、お願いします!

じじいみたいに、強くなりたいです」

気が付くと正座をし、頭を下げていた。

十次は、満足げに頷いていた。

翔もまた、その姿を静かに見つめるのだった。





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