東雲 秋
「僕は、トキが一番苦しい時にそばにいてあげられなかった。
自分のことで精一杯で...
そして、記憶すら奥底に葬って...」
十次は白くなるまで拳を握りしめた。
そんな中、はっとする十次。
「...いや...でも...なぜこんな重大なことを...南雲家である僕が知らなかったんだ...」
記憶を失くしたといえど、東雲家の次男が亡くなっていることを知らなかったなんて....
勇次はバツが悪そうに目をそらす。
「何か、あるんですか...?」
勇次はふぅっと煙草の煙を吐きだす。
「秋は、自分のアリスを暴走させたとき、多数の仲間を道連れにしたんだ」
「えっ...」
「その中には、東雲家や南雲家もいて...
死者3名。
再起不能なほどの重傷者10名。
軽症者も10余名いた」
「なっ!
そんな....!!!
重大なことをっ」
「そうだ。
ことが大きすぎたんだ。
東雲家の失態としては、実に大きすぎた。
そこで、その当時当主だったトキの祖父は東雲の当主の座から退いた。
新しく当主となったトキの父親は、その事件を全力でもみ消したんだ。
それでも、どこから漏れたのか、憶測だけの情報が飛び交い、“東雲 秋は疫病神だ。死んで当然だ”という言葉だけが噂で流れたんだ。
そこでいてもたってもいられなくなったのがトキだった。
あいつは、父親の制止もきかずに、弟の名誉を守るため、自分がその事件を引き起こした張本人だと、公言したんだ」
「そんな、トキが...」
「それもあって、その頃の東雲 時の評判は地の底だった。
弟殺し、化け物、疫病神、アリスを制御できない落ちこぼれ、非情な悪魔、そう言われ煙たがられていた。
あれから7年経った今でもその噂は、トキがいる場所にはついてまわる。
7年前、お前と距離を置いたのも、実はトキからだよ。
一緒にいてお前まで悪くいわれたくはなかったからだろう」
知らなかった。
知らないことが、多すぎた。
僕のこの7年間は、一体なんだったのだろう。
母の死でふさぎ込み、大切なものが何かなんてわからず生きてきた。
ーやさしく、強く、大切なものを守れるようになってね...
ただ、自分の価値が知りたくて、自分がどこまで人を守れるのか、人のためになれるのか知りたくて、志願した兵士。
内地で守りに専念するという選択肢もあった。
でも、なぜかわからないが、戦わなければという焦燥感に似たものがあったから。
その焦燥感の意味を知りたくて...
もしかしてそれは、トキ、お前という存在がいたからなのかもしれない。
今なら、そう思えた。
「俺も、ずいぶん昔のことになるが、友が目の前で、式神にのまれて死んだ。
俺は、なすすべがなかった」
悲し気な勇次の瞳が、うるんで見えた。
「お前らにはまだ時間がある。
後悔してほしくない。
だから話した...
今のトキは、死に急いでいる。
あいつは今でも、弟を守れなかった自分を許せていない。
その苦しみを、一緒に背負えるのは、お前だけだ。
辛いことを、思い出せたな...」
申し訳なさそうに勇次は言うが、十次は首をふる。
「ありがとう。
勇次叔父さん。
僕、トキのところにいかなきゃ。
今すぐ」
十次のまっすぐな目をみて、勇次は頷く。
「大袈裟かもしれないが、未来はお前たちに託してる。
俺だって、同じ思いをお前らにさせたくないんだ。
行ってこい、十次」
その言葉をきいて、十次は走り出していた。
言いたいことは何もまとまっていない。
でも、この7年間、ずっとずっとひとりにさせてしまったこの償いを、空いてしまった穴を、すぐにでも埋めたいと思った。
早く、その名をまた、呼びたいと思った。
「トキ..っ!!」
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