東雲 秋
ぶわぁっ
一際大きな風が吹き、トキと十次は吹き飛ばされた。
一瞬、気を失っていたらしい。
起きると、横にトキが横たわっていた。
あたりは木々がなぎ倒され、散々な有様だった。
「トキっトキ!!!」
隣のトキをゆさぶり起こす。
うっと声を漏らし、トキは起き上がる。
意識がはっきりしない中、はっと我に返る。
「アキは?!」
はっとして、一緒にアキの姿を探し、その姿を見つける。
中央に倒れるその姿。
近くには、八つ裂きになった熊が倒れていた。
原形も損なっているような見た目だったから、余計にアキが心配だった。
駆け寄って意識を確認するトキ。
やっと安堵するトキに、十次も胸をなでおろした。
「大丈夫、気を失っているだけだ」
そのきれいな寝顔は、頬にかすり傷がひとつついているだけ。
狩衣にいくつか破れている個所はあれど、無事のようだった。
そして、トキと十次はお互いの顔を見て笑う。
「ひっでぇ顔」
「トキこそ」
アキよりもボロボロな自分たちに笑いが止まらない。
そうしてトキはアキをおんぶして、一緒に山を下った。
「十次、ありがとう」
帰り道、トキは言った。
「トキの言葉、いつもかっこいいなって思ってたんだ」
「え?」
トキは首をかしげる。
「アキは俺が守るって」
ああ、と言って照れくさそうに笑うトキ。
「俺も、だから言うよ。
トキとアキは、俺が守る。
ずっと一緒にいる。
お前らが暴走したら、俺が呼び戻す」
トキは、嬉しそうに笑った。
「ああ、頼むよ。
十次」
帰りもすっかり遅くなり、ボロボロな俺たちは、もちろん一緒に怒られた。
かなり怒られて落ち込んだけど、次の日には何事もなかったように、一緒に笑っていた。
そう、ずっと一緒にいると、あの頃は信じて疑わなかった。
「その顔じゃ、すっかり思い出したって様子だな」
勇次は赤髪をゆらして笑う。
「こんなに大事なことを、僕はずっと....」
「そう、自分を責めるな」
「でも...っ
僕は、僕は、トキと約束したんだ。
俺が、トキとアキを守るって」
声が、震えていた。
「十次...
これからのこともあるだろうから、ひとつ、言っておく。
約束なんてもん、簡単にするんじゃねえ。
ガキのころした約束なんて、お前らからしたら相当大事なもんかもしれないが、ここではそんなもの...」
言って、十次はふっと笑った。
「年を取るって、厄介だな。
今のは忘れろ。
お前らはまだ未来がある。
約束が、時に人を強くすることもある。
だけど、それが果たせなかった時、自分を一生苦しめる鎖になることを忘れるな。
俺から言えるのはそれだけだ」
「叔父上...」
「話を戻そう。
ここは戦場だ。
これから、どんな凄惨な場を目の当たりにするかわからない。
人がほいほい死んでいく世界線に俺たちはいる。
でも、その中でも、大切なものを守るためにはいちいち悲しんでられないんだ。
仲間の死をみても、非情になって立ち上がり、ひとりでも多くの敵を倒す。
それが、俺たちに求められているんだ。
あいつは、トキは、もうそれをやっている」
十次は、唇を噛み締めた。
「...秋のアリスが暴走した時、トキはその場にいなかった。
秋の亡骸は、見るに堪えないほどボロボロだったそうだ。
文字通り、自分の式神に食い荒らされたあとだった。
そんな秋を、トキは抱きかかえずっと泣いていたそうだ。
変わり果てた弟をみるだけでも辛かったはずなのに、トキは秋の血にまみれながらずっと泣き叫んでいた。
それを見ていた人も、見るに堪えないほど、かわいそうだったと....
“守れなくてごめん”
ずっと、トキはそう言い続けていたそうだ」
胸の奥が熱くなり、こみあげるものがあった。
トキのことを思うと、胸が苦しくてたまらない。
トキの気持ちが、大切な人を亡くすことのつらさが、痛いほどわかった。
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