東雲 秋
「あっちだ!」
すぐに位置を特定したトキに続いて、十次も走り出す。
そして、木々が開けたその場所に、アキはいた。
「アキ!!」
そして、置かれた状況に息をのむ。
アキの目の前には、今にも襲い掛かろうとする、アキの身長の5倍くらいの大きな熊がいたのだ。
アキは腰を抜かし、涙目で尻もちをついていた。
「アキ、落ち着け...」
そういうトキの声も震えていた。
「十次、こっちに引き付けるから、力を貸してくれ」
「もちろんだ」
実際の戦いなどやったことはなかったが、やらないわけにはいかなかった。
冷汗が背中を伝う。
しかし隣のトキは、恐怖に震えながらも迷いはなかった。
そんな姿に自分も奮い立たせられる。
「いくぞっ十次!」
そんな声とともに、トキは自分の身体の何倍もある熊に向けて式神を飛ばす。
シャッと風を切る鋭利な音共に、熊の首の近くを切りつけた。
「くそっズレたか....」
トキは悔しがっているが、動物とはいえ、迷いなく首元を狙うあたりは、さすが東雲家というしかない。
熊はうなり声をあげ、こちらを向く。
「大丈夫、注意はひけた」
十次はそう言って、自分のアリスに集中する。
「次こそ決める!」
「ああ」
トキの言葉に、十次は頷いた。
「アキ!
今のうちだ!逃げろ!!」
そう、トキが叫んだ時だった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
兄ちゃんたちを傷つけるなんて許さないっ!!!
僕だって、僕だって、東雲家だーーーー!!!!」
そんな、アキの悲鳴に似た声とともに、突如、突風が吹いた。
突然のことに驚くも、トキと十次は吹き飛ばされ、後ろの木々に身体を打ち付ける。
そして、トキの狩衣が裂けたことで、トキはその風の正体を察する。
アキ...?!
止まない風の中、必死に目を開け、それを確認する。
「十次、気をつけろ!!
アキの式神だ!!
たぶん、制御できてない!!」
大声で言ったが、十次に聞こえているだろうか...
そう思うが、十次にはなんとか聞こえたようで、それでも驚きを隠せずにいた。
まさか、アキがこんなに強い力を...っ
でも、極限状態にあってまだ未熟な力。
何があってもおかしくはなかった。
「アキ!
力を抑えろ!!」
身動きすらとれない突風。
木々もなぎ倒されるほどの力。
目を開けるのもやっとだというのに、鋭利な式神が予期せぬ動きで飛び交う中、トキはアキのもとへと進もうとする。
「だめだ、トキ!!
お前まで!!」
とっさにトキの身体へ飛びつき、制する十次。
「離してくれくれ、十次!
俺は、アキを、アキを守るんだ!!
そう言ったんだ!!
俺はどうなってもいい!!
このままだと、アキが....!
アキが壊れてしまう...っ!!」
必死なトキに、はっとする。
トキの想いは知っている。
でも、ここでトキまで行ってしまったら....
十次はふっと息を吸った。
やるしかない。
いちかばちか。
アキのアリスで試したことはないが、トキとは何度もやった。
兄弟なら、東雲家なら....
アキ、俺たちを守ろうとしたように、耐えてみせろ...
その様子に、トキは気づく。
「やるのかっ
十次?」
「これしか方法がない....」
トキは唇を噛み締める。
「やってくれ、十次。
お前と、アキを信じる」
十次は静かに頷いた。
何も、特別なことをするわけではない。
ただ、結界のアリスを使うだけだ。
しかし、こと東雲家の前では慎重にならなければならないこの力。
アリスは、結界の中でその力を使えない。
しかし、東雲家の式神に関しては違った。
能力者にその結界が働くと、まわりの無駄な情報が排除され、よりアリスが使いやすくなる。
感覚が研ぎ澄まされ、アリスをコントロールしやすくなるほか、もともと眠っている力を奥底から引き出すこともできる。
そして、その力はどの結界の能力者よりも、南雲家のアリスが、なぜか東雲家と相性がよかったのだ。
「戻ってこい!アキ!」
一歩間違えば、さらに暴走するかもしれない。
でも、今のアキを守るには、これしかない。
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