記憶の扉
「俺は複雑だよ。
こんな戦いの最前線に、お前みたいなまだ若くて未来のあるやつがくるなんて。
でもまあ、少しほっとしてるのも正直なところだ」
意味ありげに、勇次は笑う。
「...トキにはお前が必要だ」
思いがけない人物の名に、十次は驚く。
今日会って、叔父に聞こうと思っていた人物の名を、まさか叔父が先に口にするなんて。
「その様子じゃ、もう気になってんだろ。
トキのこと」
見透かしたように勇次は言う。
「あいつとはうまくやってるか?
まあ心配ねえか。
お前らガキんときから仲良かったもんな」
え...
「なんだお前、その様子じゃ忘れちまってんのか?」
驚いたように目を見開く勇次。
「あいつもかわいそうだなーっ。
お前とトキ、ガキんときよく遊んでたよ。
トキは今でも覚えてるってのに、ま、仕方ねえか。
あん時はお前もいろいろ重なって大変だったしな...」
そこで、自分で押さえつけていた記憶の蓋があく音がした。
そう、10年前、十次にとってはつらく悲しい出来事。
愛する母の死。
病による死だったが、当時の十次には受け入れがたい悲しみだった。
その頃の記憶をひどく曖昧にさせるほどに。
それでも、かすかに見えた、暗闇の中の光。
ー十次!遊ぼう!
ー十次の髪、かっこいいな!
ー次はこの勝負、勝つからな!
あの少年は...
あの、太陽のように笑い、野うさぎのようにかけまわる、あの少年は...
遠く曖昧な記憶の影。
その中に無邪気に走り回る、小さな少年の笑顔と、あいつの笑顔が今、確かに重なった。
「トキ...」
「おっ
思い出したか」
勇次は十次の様子をみながら頷く。
「あいつ、トキは...
みんなから化け物と言われていた」
やっと言葉を発した十次に、勇次はやるせない表情を向ける。
「ああ、そうだな...知ってるよ」
「なぜ...?
あいつは、変な奴だけど、あの強さは本物だ。
俺にはわかる。
きっと並大抵の鍛錬じゃあそこまで...」
勇次は笑う。
「ああ、よかった。
お前にもわかるんだな。
そうだよ。
あいつの努力は普通じゃない。
化け物並みの強さだけど、決して化け物なんかじゃない。
あいつは、誰よりも強くて優しいやつだ」
「じゃあ、なんで...」
勇次は遠くを見つめる。
「この話を知る者は少ない。
隊長である、トキの父親からも口留めもされてる。
でもまあ、お前ならいいだろ。
お前は、トキのいい相棒になると思うから」
そう言って、勇次は話し始めた。
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