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記憶の扉



60年以上前、世界は第2次世界大戦真っ只中。

日本もその争いに加わり、国民総動員で戦った。

その中でもアリスは、武器の制作から作戦の計画立案、諜報活動などの主力として重要な役割を担っていた。

そして一番の要はなんといっても、最前線に立ち常に死と隣り合わせ、結果がすべての攻撃部隊だ。

時と十次はその兵士に自ら志願していた。








「今日から配属されます、一等兵、南雲 十次であります!」






ぴしっと背筋を伸ばして敬礼を決め、ありったけの声で叫ぶ。

5月の空。

その日は晴れていて、山の緑が青々しかったのを覚えている。

南雲十次17歳、軍に入隊した日だった。





南雲...

あの南雲か...

若いな...

じゃあ、あいつと組むんだな...





ひそひそと、そんな声が聞こえた。





「東雲!」

教官の声が響く。

「はっ」

切れのいい声を出す青年。

「お前が南雲にここの規則を教えてやれ。

部屋も相部屋だ。

これから一緒になることが多くなるだろう」

「はっ」





東雲...

やっぱりか...




十次はそう思うのだった。






隊が解散すると、すぐにそいつはやってきた。

「俺、東雲 時!

よろしくなっ」

目の前に、8月の太陽のように暑苦しく笑う男がいた。

軍人らしくない、そう思った。

「俺とお前、パートナーらしいし、仲良くしようぜっ」

そう差し出された手を、握ることはなかった。

「英語など使うな。

隊長にきかれたら懲罰だぞ。

それよりも日本人としての誇りはないのか」

そう厳しく言っても、相変わらず時は笑ってる。

「なに堅苦しいこと言ってんの。

んーじゃあそうだな、俺たち、相棒!だな」

そう言った顔が、眩しすぎて直視できなかった。

あの時からずっとお前は、まっすぐだった...







白い肌に帽子からはみ出る黒髪。

唯一軍人らしいと思えるのは、服の上からでもわかる筋肉くらいか。

それにしてもなぜ髪を切らなくてもいいのだろう。

疑問に思っていたが、のちにこの男がこの隊で特別な位置にいることを知る。







「いやー相部屋なんて初めてだから嬉しいな!

そっちのベッド使っていいぜ」

東雲は、部屋に案内するとベッドを指さした。

ここに来る前に他の兵士の部屋の前を通ったが、ここが一番広いみたいだ。

それに、他の兵士たちは少なくても4人で一部屋だった。






「俺は皆と同じ部屋でいい」





南雲はぽつりと呟き、背を向ける。

「ちょ、ちょっと待てよ!

この部屋の何が気に入らないんだよ。

広く使えるし、眺めもいい!

...それとも俺と」

「特別扱いがいやなんだ」

さえぎって南雲はいう。

「お前も東雲なら知ってるだろ。

俺たち一族は、内地ではアリスの名家として誰もが知る存在。

俺はただ、そこに生まれただけなのに...

俺自身は何もすごくないのに、アリスがあるかないかだけで、住む場所も、食べるものも違う。

南雲家に生まれることが、東雲家に生まれることが、そんなに偉いことなのか?

命の重ささえ、変えてしまうのか?

同じ、人間なのに...」

時は、静かにきいていた。

そして一言だけ、「そうだな」と言った。

その時の彼の感情は読み取れなかったが、俺には興味すらなかった。







その夜は、結局東雲との2人部屋で眠ることになった。

大部屋へ移る申し入れが、却下されたからだ。

どうやら兵士が増え、余裕がないらしい。

他の兵士と変わろうというも、なぜか皆、変わりたがらないという。

しかしそれも納得する。

東雲みたいな変人と、一緒になりたいやつなんていないのだろう。






月明かりのきれいな夜。

俺と東雲は背を向け合って眠った。





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