南雲対東雲
詩を除いた全員、何が起きたか理解できなかった。
でも、地面に転がる狐の面がすべてを物語っていた。
「詩が...
南雲様の面を...?」
紅蘭が、やっとつぶやく。
子どもたちもその状況が信じられず、ただ茫然としていた。
詩だけが、笑う。
「最初から、俺の狙いはその面をとること!
蹴りも拳もお前にいれようなんて思ってなかったよ」
衝撃で片膝をついていた南雲。
やっと理解した。
いつのまにか、こいつのペースにのせられていた。
戦いを支配されていたことに、気づかなかった。
いや、完全にあの時、自分の間合いに入ってきた詩に、動揺したのだ。
こんなふうに、無理やり間合いに入ってきたのは、未だかつて誰もいない。
2人にしかわからない、あの極地。
確かにあの時、同じものをみていた。
「立てよ」
目の前に差し出される手。
いつも、差し出す側だったのに...
自然と笑みが漏れてしまう。
「あ、南雲様が笑った...」
「俺、久しぶりにみたぞ...」
「面をとった姿も、どれくらいぶりか...」
ひそひそと、子どもたちは言う。
南雲はがしっと詩の手をつかみ、立ち上がる。
獅子のように無造作に跳ねる長い赤い髪。
面に隠れていた顔は、意外にも、とてもやわらかい表情だった。
「どんな強面かと思ってたんだけどな、そんな顔してたんだ...っ」
おかしくて詩は笑ってしまう。
南雲もまた、そのやさしいブラウンの瞳を揺らして笑った。
「よく言われる。
面をしてたほうが強そうだって」
こんなふうに会話をするのは、初めてだというのに、お互いそんな気がしなかった。
まるで、昔から知っているような...
「はじめまして。
って感じがしないのはなんでかな。
俺は、東雲 詩。
よろしくな」
ミルクティー色のやわらかい髪がゆれた。
その奥のグレーの瞳が、南雲をしっかり見つめていた。
「ああ。
俺も、同じことを思ってた。
よろしく、詩。
俺の名前は、
南雲 翔(カケル)____」
.