南雲対東雲
静けさに包まれた神社の境内。
まだ朝露もはずむ山の朝。
ひんやりと冷たい空気が、頬をなでる。
人の気配がないようにさえ感じる、静寂。
しかし、神社には何人もの子どもたちが集まり、固唾をのんである一点を見守っていた。
東雲 詩と、狐面の南雲。
ぴたりと静止する2人。
詩のミルクティー色の髪と、南雲の面からはみ出す赤い髪だけが、少しの風に揺れていた。
白い道着に身を包んだ2人は向き合い、その独特な空気がこの場を支配する。
息をするのも忘れてしまう。
いや、呼吸さえ許しがないとできないような、神聖ささえ感じた。
ここが神の社、神の御前だからか。
いや、必ずしもそうではない。
この2人の作り出す空気が、纏うオーラが、そうさせているのだ。
黒峰も紅蘭も強かったが、この2人は別格だと、この場で皆認めざるを得なかった。
やっと、戦える____
静かに見える詩も、沸き立つ感情を抑えるのに必死だった。
なんだろう、この興奮に似た気持ち。
今まで、数々の死線をくぐりぬけてきた。
何度も、死にそうになった。
死を意識する現場に、何度も立ってきた。
しかしそれとはまた違う、緊張感。
初めて味わう、戦いへの高揚感。
ふと、視線の先でこちらを射抜くように見つめる紅い瞳に気づく。
詩はふっと笑う。
お前の目は、やっぱり俺をやる気にさせるな。
「いい?
詩。
南雲様は私なんかよりも何倍も何十倍も、何百倍も強いんだからね!
油断してたら終わったことにさえ気づかないよ」
昨日の夕飯の時、そう念をおされたんだっけ。
「なーにそんな心配すんなって」
いつもの調子で返す詩に、紅蘭は顔を赤くして「そういう意味じゃない!」というのだった。
2人の言いあいにも慣れた周囲は、温かく見守っていた。
それにしても、野次馬が多いな...
見渡すと、神社の境内、建物の中、屋根、木の上、様々なところに子どもたちがいて、戦いが始まるのを今か今かと待っていた。
それもそのはず。
この1週間で詩は注目を集め、ただものではないことをみんな知っていた。
そんな詩が、南雲の孫と闘うのだ。
興味がないわけがなかった。
「集中、してないな」
自分の心のうちを言い当てられ、どきりとする。
観衆の多さから、詩は少し気が散っていた。
「そんなのでは、勝てないぞ」
対する南雲は、相変わらず表情のわからない、感情さえも伝わってこない、まさに無だった。
「わかってるさ」
詩はにっと笑う。
「俺はどうしてもお前のじいちゃんに聞かなければならないことがあるんだ。
そのために、俺を、俺の存在を認めさせなければならない!
でもま、その前にその邪魔くさい狐面ひっぺがしてやるよ!」
詩は竹刀をふりかぶる。
危うい。
実に危うい存在。
しかし内に秘めたエネルギーは未知数。
それゆえ、測れなかった。
今まで、目の前にしたものの強さは対峙しただけである程度測ることができた。
それが、今目の前にいる見慣れない髪色をした男の強さは、測れなかった。
戦いなのに、緊張感なく笑うその姿。
余裕なのか、バカなのか...
救世主なのか、悪魔なのか...
どちらでもいい。
俺が、負けるわけがない____
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