南雲対東雲
「私は、親に捨てられたんだ」
紅蘭は、静かに話し始めた。
詩も、静かにそれをきく。
「別に、この村では珍しくない。
ここがアリス村ってこともあって、たまにアリスの赤子が村の入口に置き去りにされる。
どんな理由かは知らないけど、どうせ親の身勝手な理由だろ...」
勝手に産んだくせに...
きっと、アリスだからという理由で気味悪がったのだろう。
「私も、生まれてすぐにこの村に捨てられた。
最初は村人が育ててくれようとしたらしいけど、私のアリスが強すぎたせいで、同じアリスの村人にも恐れられた」
泣くと大地が割れ根が暴れ、笑うと蔦が躍る。
どこの血かもわからないその力は、村人を遠ざけた。
「村人は南雲様に助けを求めた。
そうして、私は南雲様の屋敷で育った。
縁もゆかりもない赤子でも、南雲様は我が子のように愛情を注いで育ててくれた。
それからアリスの制御も覚え、今では私を恐れる村人はいない。
みんなともうまくやっている」
かつての紅蘭が、今の詩と重なった。
紅蘭は血のにじむような鍛錬で、内に秘める強大なエネルギーを抑えることができたのだ。
自分に、打ち勝ったのだ。
それを今では、大切な人を守るエネルギーにさえ変えている。
「てまりは、私が拾ったんだ。
詩と、初めて会った村の入口...」
ああ、と詩は思い出す。
あの、狐面の少女は確かに紅蘭だった。
「私はたまに、あの場所へ行くんだ。
私が捨てられた、あの場所に...
捨てたやつが私とともに最後にみた景色がみたくて....
何を思っていたのか知りたくて...
5年前も、そこへ行った。
雪の降る日だった。
赤子なんて死んでもおかしくない雪の中、てまりは必死に生きていた。
私の指を、力強く握ったんだ...
こんなに小さいのに、私が山を下りるときにつくった擦り傷さえ治した...
こんなに小さくて、かわいくて、生命力に満ち溢れているのに、捨てたてまりの親が憎かった。
悲しかった...
てまりは私と違って、誰かを救うアリスをもっているのに...
悔しかった。
私は小さなてまりを抱えて泣いた。
だけどてまりはずっと、私の腕の中で笑っていたんだ」
凍えるような寒い日だったのに、てまりは温かかった。
腕に抱いた小さな赤子の重みは、命の重みそのものだった。
「あの日から、てまりは私の希望だった。
食事の世話、おむつの交換、お風呂、着替え...
すべて私がやった。
成長を見守ってきた。
言葉も教えた。
これからも、ここで生きていく術は私が教える」
みんなが、紅蘭とてまりを姉妹というのがわかる。
この絆を、家族以外になんと表現するか___
「あの日、てまりを失うと思うと、怖くて、怖くて...
自分の力のなさにも失望した。
だからあの時、詩、あんたが私の希望だった」
ー紅蘭、かっこよかったよ。
あの一言に、どれだけ救われたか。
ああ、詩。
あんたは、今日だけじゃない、出会ったその日からずっと、私に寄り添い続けてくれていたんだ。
「ありがとう。
詩がこの村に来てくれて、ここまで来てくれて、本当に良かった」
詩を見つめる紅い瞳は、今日までの中で一番やさしいものだった。
「そういう顔、できんじゃねえかよ」
詩は嬉しそうに笑った。
笑っただけでこんなに喜んでくれる人は、初めてだった。
あの日、あの雪の夜にみつけた光と、とても似ていた。
東雲 詩、不思議な人....
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