南雲対東雲
「遅い!東雲詩!」
6日目の朝、道場に響き渡る声。
目の前に突き立てられる竹刀。
朝食後、いつものように駆け足で道場にきたのに、そんな理不尽なことを言うのは____
紅蘭だった。
「あ、す、すいません」
あまりの迫力に反射的に謝ってしまう。
そんな紅蘭は、すでに道着に着替え、アップはすんでいるようだった。
「早く着替えて準備!
しょうがないから今日は私が稽古をつけてあげるわ!」
「え...なんでそんな急に」
詩は、今まで無視され続けてきた紅蘭の変わりように、頭が追い付いていなかった。
「つべこべいわないで早くっ」
しゃっとふりかぶった竹刀をすんでのところで避け、ぎょっとする詩。
とりあえず、やる気を出してくれたのだから言う通りにするのだった。
「ごめんなさいね、東雲さん」
着替え終え、急いで紅蘭のもとへ向かう中、黒峰が言う。
「あの子なりの、お礼なのよ。
昨日のこと、あなたが思ってる以上に感謝してるはずだから...」
詩は、竹刀を振る紅蘭を見つめて、ふっと笑う。
「ったく...わかりにきいんだよ」
ふと、紅蘭は詩に気づく。
「東雲詩!
何をしてる!
私を待たせるな!」
大きく通る声にゆるく返事を返し、詩は駆けていった。
「そこ!
また腰が高くなってる!
重心は低くっ」
ぱしっ
ガッ____
「太刀筋を見極めて。
フェイントと本気の違いを感じて」
しゅっ___
ばしっ
「呼吸!
忘れてる!
全身の血の流れをつかまないと、自分を見失うよ!」
ザッ__
バキッ
紅蘭の指導は、黒峰よりもはるかに厳しく容赦がなかった。
休む暇もなく徹底的に動きを身体に叩き込まれる。
詩は、必死にくらいつく。
誰よりも、詩が紅蘭の本気を感じ取っていた。
「みんな、休憩よ!」
黒峰の声が響く。
しかしなおも、攻撃をやめない紅蘭。
「紅蘭!
いったん休憩。
休むのも鍛錬のひとつ。
気持ちを切り替えて」
「乱れた呼吸を整える、でしょ」
さっと、竹刀を下ろして、紅蘭は続きを言った。
黒峰は頷いた。
「わかってるならいいわ」
紅蘭は詩に向き合う。
「休憩後はもっとスピードをあげるから今のうちに休んでおけ」
「まじかよーーー」
へとへとな詩は悲鳴をあげるが、すでに紅蘭は背を向けていた。
「あーっ
今日も訓練厳しいなあ」
「うんうん。
きついけど、強くなるためにがんばらなきゃなっ」
「あっ
俺昨日、家族から手紙届いたぜ」
「私もーっ
みんな元気そうでよかった!」
「僕もお父さんみたいに強くなるんだ」
「練習厳しくても、母ちゃんからの手紙読むとがんばれるよ」
休憩中、話題は家族からの手紙でもちきりだった。
「手紙が届いた次の日は、自然とみんなの士気があがっている気がします」
隣に座る黒峰は、下級生たちを優しく見守る。
「うん、みんないい笑顔だ」
そう言って見渡すも、紅蘭だけは、その会話の中に入っていなかった。
ひとり輪を外れる姿が、いつもの強気な紅蘭と違って、心なしか寂しそうにみえた。
俺は、この背中を知ってる....
棗の姿が、紅い炎が、重なった。
「紅蘭は、ぜんぜん嬉しそうじゃないんだな」
そう、黒峰に言うが、彼女は困ったような笑みをつくる。
「紅蘭に、手紙は届きません」
「え...」
その一言が、あまりに悲しかった。
「紅蘭には両親がいないのです___」
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