式神と獣
ざっ
詩は、目の前の狼とアリスに集中していたため、その存在に気づかなかった。
気づいたときにはそれは詩の背後にいた。
いつのまに....っ
「南雲様っ」
「南雲様だ!」
「よかった...」
その存在だけで、皆に安心感を与える。
パニック状態も少し落ち着いて見えた。
狐面の南雲が、詩の後ろにいたのだ。
「南雲様...」
紅蘭もつぶやく。
「遅くなったな」
静かに、南雲は言った。
「東雲 詩...
一発で片をつけろ。
お前はそのやり方を心得てる...」
予想外の言葉に、詩は振り返ろうとする。
「敵から目を離すな」
厳しい、南雲の言葉。
「でも...俺は...」
この場をすぐに片つける方法。
それは思い浮かんでいた。
しかし、一度使ったことのあるそれは、暴走、破壊、狂気、殺戮...残虐の限りを尽くす結果だった。
自信が、なかった。
「恐れるな」
すべてを見透かしたような南雲の声。
「訓練を思い出せ」
黒峰も言っていた。
詩は深く深呼吸をし、地面に片膝をついた。
訓練...
相手の動きを読むために、すべての集中力を向ける。
相手の波を感じるには、己の心をより静かに...
全身の血液の巡りまで感じれるように、己のことを知る。
己のすべてを懸けて、己を信じ切る。
「呼吸だ」
南雲の言葉に頷く。
怖い、怖い怖い怖い...
また、自分のアリスが暴走すれば、大好きな人たちを傷つけてしまうかもしれない....
俺が怖いのはどんなに強く恐ろしい敵でもない...
俺が怖いのは、自分自身だ...
身体が、震えていた。
しかし、そんな震えを抑えるかのように、左肩に熱を感じた。
嘘のように、震えがとまる。
南雲が、その手を詩の肩に添えていた。
「お前がやるんだ。
...心配するな、俺もいる」
説明のできない安心感に包まれる。
肩に触れられた途端、すべての雑音や雑念が消えた。
こいつのアリスって...
詩は頷き、1枚の式神を出す。
それは量産型の人型でなく、四肢を地面につけた動物の形。
そこにふっと息を吹きかけた。
途端にたつまきが起き、現れたのは目の前の黒い狼よりも一回り大きい白い獣。
ぎらりと光る野生の獣の飢えた目、鋭い牙からもれるよだれ、ぐるるるる、と鳴らすのど、地面をひっかく足爪。
詩の中で飼っていた獣。
ずっと抑え込んでいたもの。
それは、詩の心の奥底の、獰猛な部分だけを具現化したもの____
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