式神と獣
「なあ兄ちゃん遊ぼうよーっ
道場だけなんてつまんねーよー」
5日目の午後。
お昼ご飯のあと、ユウヒは道場へ向かう詩を引き留めていた。
ユウヒだけでない。
詩は下級生に好かれており、何人もその行く手を阻んでいた。
「あのなあ、俺も暇じゃないんだよ、わかってくれって」
詩は困ったように笑う。
「俺、今日こそは狐面ひっぺがさなきゃなんねーんだよ。
なのにまだ手合わせもしてもらってねえ。
時間がないんだ」
詩が行こうとするも、下級生たちのブーイングがおこる。
「何だよけちー」
ユウヒは口をとがらせる。
「1週間でいなくなっちゃうんだろ...」
ユウヒは寂しそうに言う。
詩は目線を合わせ、その頭を優しくなでることしかできなかった。
そこへやってきたのは、黒峰だった。
「午後は道場の訓練をお休みします」
え?と顔をあげる詩。
「そんなっ俺は今日こそ狐面を...っ」
「それならば、なおさらです。
今、南雲様はこの山にいないので」
にこりと笑う黒峰。
それに、納得した様子のユウヒ。
「ああ、そういえば今日だったっけ」
「なんだよ、なんかあるのか?
この山にいないってどういうことだよ」
詩は状況がのみこめない。
「定期的に、上級生の選ばれた人たちが、村へ食糧とか足りない物資をもらいにいくんだけど、それが今日なんだ。
メンバーは交代制だけど、南雲様だけは毎回いくんだ。
一番優秀だからね」
なるほど、と頷く詩。
「どうしても、山の頂上だけでは生活に限界があるので...
それと、村の家族とのつながりである手紙を受け取ったり届けたりという、重要な役目もあるんです」
黒峰はそう付け足した。
「俺、母ちゃんからの手紙が楽しみなんだっ」
ユウヒはそう言って、嬉しそうに鼻をこすった。
いくら南雲を慕っていても、家族と会えないのは寂しいに決まっている。
そんな寂しさを少しでも紛らわすことが、できるのなら...
詩は、気合を入れなおす。
「よっしゃ!
今日はみんなで遊ぶかーっ」
詩の笑顔につられ、子どもたちの顔もぱっと明るくなる。
「いいの?
詩兄!」
「ああ。
あったりまえ!
お前たちにはいろいろ世話になったしな。
よし!
あっちまで競争だーーーっ!」
詩の掛け声とともに、子どもたちは走り出した。
そんな時だった。
いつになく、取り乱す紅蘭がやってきた。
「寧々さん、てまりがまたいなくなって...」
「え...また、あのこは...」
「一緒に探してくれますか?」
こんな、紅蘭は初めてみたから、気になってしまう。
「もちろん。
ちょうど、道場も午後をお休みにしたから」
「ありがとうございますっ」
少し安堵した様子の紅蘭。
「あ、あの...俺も手伝おうか?」
「あんたの助けなんかいらないっ」
紅蘭はふいっとそっぽを向いてしまう。
代わりに黒峰が言う。
「大丈夫よ。
てまりがいなくなるのはいつものことなのよ。
探すのは私たちだけ十分。
それより...」
黒峰が向けた視線の方向には、子どもたちが待っていた。
「なにしてんだ詩兄ーーーっ」
「はーやーくー!」
「久しぶりの客人...
何より東雲さん、あなたの魅力に惹かれている子どもたちがいます。
山の中での生活も楽しいことばかりではありません。
特に、あの年代の子どもたちのとっては...
ですから、今日はあの子たちの相手をしてあげてください。
私からも、お願いします」
黒峰のきれいにお辞儀を前に、了承しないわけにはいかなかった。
それに、子どもたちの寂しさを詩も十分理解できたし、その紛らわし方だって、一番知っていると自負できる。
「ああ。
暗いこと考える暇ないくらい笑わせてくるよっ」
詩はそう言って、子どもたちのもとへと駆けて行った。
紅蘭は複雑そうな顔で見送るのだった。
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