課題と道場
道場は、異様な緊張感に包まれていた。
みんなの視線はただ一点。
中心に向き合う、詩と紅蘭に向けられていた。
2人のとりまく空気が、観衆たちの呼吸をも支配しているようだった。
紅蘭の紅い瞳。
詩の、ミルクティー色の長い前髪に隠れたグレーの瞳。
2人の瞳が交差する。
この場に立つ前にユウヒが言っていた。
「兄ちゃん、紅蘭はああみえて最年少の師範クラスなんだ。
南雲様も一目置いてて、何度も上級生に勝ってる」
詩は頷いた。
「うん、あいつが強いのは知ってるよ」
あの、山の中での身のこなしは、アリスとは別の強さだった。
あの時のことを思い出し、詩は気を引き締める。
「武器なしの総合格闘。
東雲詩対、紅蘭。
はじめ!」
黒峰の声が響いた。
合図とともにすぐに動いたのは紅蘭だった。
持ち前のすばやさで、あっという間に間合いを詰めたかと思うと、蹴りをいれる。
間一髪、詩は肘を曲げ、腕でそれを受ける。
華奢な身体からは想像できないほど鋭く重い一撃だった。
でもまだまだ本気ではないようす。
「どうしたの?
様子をうかがってる暇なんてあるの?」
紅蘭はそう言ってまた床を蹴り上げる。
右か?
いや、足だ!
フェイントを見破るも身体が追い付かない。
紅蘭の蹴りが見事に詩に入った。
しかしすぐに詩も反撃する。
近づいてきた紅蘭にカウンターで、拳を入れる。
少し効いたようだが、数歩よろけただけで耐えてみせる。
身軽さとスピードの紅蘭。
予測不能な動きで翻弄する詩。
次第に観衆の応援にも熱が入る。
黒峰がみても、まれにみるいい試合といえた。
結果は、お互い決定打がなく、判定により引き分けとなった。
「つよいなっ
紅蘭!」
さっきまで真剣に戦っていたというのに、すぐにへらへらとした顔で笑う彼。
「気安く呼ばないで。
次こそは勝つから」
切れる息を落ち着けて睨む紅蘭。
しかし詩は、
「また、やってくれるんだな」
と、嬉しそうに言う。
紅蘭は無視して行ってしまった。
「紅蘭があんなに消耗するなんて珍しいな」
「何者だよ東雲詩...」
「昨日の南雲様の傷もあいつが負わせたって噂、本当かもな」
「まさか、南雲様に限ってそんなこと...」
周囲がざわつき、多くの視線を感じる。
みんなが、自分を測っている。
認めてもらうには...
詩はまっすぐ狐面を見つめる。
絶対、その面をとってやる。
俺の力を、アリスを、みんなに認めさせてやる。
詩はその思いが増し、俄然、熱くなるのだった。
昨日とくらべてまわりに人が増えたのはいいことだ。
少しずつでも、確かに前には進んでいるのだから、前向きに考えよう。
詩は、周りに集まる子どもたちに明るく笑いかけた。
.