課題と道場
次の日から、詩の道場での修業が始まった。
道場の朝は早く、掃除から始まる。
掃除する場所は道場での段位別に決まっていた。
詩は一番下のユウヒら下級生に交じって道場の床を雑巾がけする。
パタパタと足をあげ、何往復もするのが地味にきつかった。
しかし、掃除が終わってぴかぴかになった道場を見渡すと、気持ちがいい。
額の汗を拭い、ふうっとため息をついたのもつかの間。
すぐに基礎練習の走り込みと筋力アップのトレーニングが始まる。
詩が走っていると、隣に黒峰が並ぶ。
その姿が意外で、驚いたのを顔に出してしまう。
「東雲さんは素直ですね。
私たちが走るのは意外ですか」
黒峰は笑っていう。
詩は素直に頷いた。
「あいかわらず真面目なんだな。
あんなに強いのに...」
「強いからこそです。
私たち師範クラスは1日もこの基礎練習を怠りません。
この力が本当に必要なとき、自分の力を100%出し切るためには自分を信じきる必要があります。
その根拠となるのが、毎日の積み重ねですよ」
黒峰は涼し気な顔でいうが、その言葉にはいつも確かな重みがあった。
「じゃあ、狐面も走ってるのか?」
「ええ、もちろん」
黒峰が指す方向、走っているみんなのはるか前方にその姿がみえた。
「もうあんなとこに...
てゆうか昨日ケガしたばかりなのに大丈夫なのかよ」
そういう詩をみて、黒峰は笑う。
「ケガって、あなたも同じでは?
南雲様と互角にやりあったのでは疲れてるでしょうに」
「ん?俺なら平気だよ」
詩はからっと笑って見せる。
「それより、俺だってこんなとこで負けてらんねーよ。
あいつ追い越してくる!」
詩はそう意気込んで、先頭に向けてひとりスピードをあげるのだった。
「あいつ、バカなの。
あんなスピードだして、もつわけないのに」
詩が遠くに行ったところで、黒峰の隣に並ぶ姿。
「紅蘭...
あなたも東雲さんのこと、気になるのね」
「べっべつに!
そんなんじゃないしっ
あの時だって、南雲様に傷を負わせたのはまぐれに決まってる...」
どこか悔しそうな紅蘭。
「本当にそうかしら...」
え?と黒峰を見上げる紅蘭。
「あの方のもつ力は、何か特別な気がする。
昨日目の前に立ったとき、まだ不安定だけど、呼吸が整っていた。
戦う準備が、できている感じがした...」
その言葉に、紅蘭は唇を噛み締める。
「実際に戦った紅蘭のほうが、それは感じているかもね」
やさしく笑う黒峰に、紅蘭はふいっとそっぽを向くのだった。
「だあああああっ
づーがーれ゛ーだあああああ」
ゴールにつくや否や、詩はその場に転がる。
急激にスピードをあげたことが身体にひびいていた。
しかし隣をみると、同じペースで走っていたはずの狐面は息一つきれていなかった。
「おまえすげえな」
汗でぐちゃぐちゃな顔で笑い、たたえる詩。
しかし狐面の南雲は、ちらりと詩をみただけで、何も反応をみせなかった。
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