課題と道場
「ついたぞ!」
校舎の裏、生い茂る木々の間を抜けたところにその道場はあった。
校舎付近とは違う、子どもたちの鋭い声が響き渡る。
そこに笑顔や緩んだ表情はなく、皆、真剣そのものだった。
そしてその奥に、着物の右半身をはだけ、手当を受ける狐の面の姿がみえた。
すぐそばに、あの赤い浴衣の子もいた。
心なしか、不安そうにその傷を見つめていた。
詩もあの時はほとんど本気で加減しなかったためあの傷はかなり深いだろう。
アリスの攻撃で受けた傷のため、治癒のアリスを使ったとしても、治りにくいはずだ。
今日は戦いを申し込むのはフェアじゃないなと思った時だった。
「東雲 詩、ですね」
白い袴の道着姿の女性が話しかけてきた。
たぶん、同い年くらい。
黒く長い髪に、知的なメガネが、静音を思い出させた。
白い肌に細い腕だが、その佇まいでも圧倒される何かがあった。
「この道場の準師範、黒峰 寧々(クロミネ ネネ)です」
静かにたたずむ姿が、様になっていた。
「あなたが南雲様とやりたいのは承知ですが、その前にどうでしょう。
お手合わせ、願います」
こんなに丁寧に言われて、断るわけにもいかない。
詩はその申し出を受けた。
「剣道と、武器を使わない総合格闘、どちらがいいですか?」
こんな言葉、目の前の物腰柔らかそうな口から出るなんて、誰が思うか...
詩はそう思いながらも、剣道を選択した。
剣道や格闘技は一応、任務のためにとかじらされてはいたし、そこらへんの高校生よりは強いという自負はあった。
ここでどれほど通じるのだろうか。
防具を身に着け向かい合う。
いつのまにか、それなりの野次馬も集まってきていた。
剣先に集中を高め、黒峰をまっすぐ見つめた。
「始める前にひとつ。
ここではアリスの使用は禁止。
己の心と体に向き合う場です」
黒峰の言葉に、静かに頷く詩。
わるくない構え...
雰囲気も相応しい...
でも、どうかしら。
お手並み拝見...
黒峰寧々は、始まりの合図とともに、息を吸い、そのままの呼吸で詩に向かった。
狐面の南雲も、静かにそれを見守っていた。
床を蹴る音、踏み込む音、竹刀の乾いた音、すべてが緊張感漂う道場内に響いた。
結果は、惨敗。
黒峰相手に、詩は1本もとることができなかった。
そして息切れする詩に、涼しい顔の黒峰。
「やっぱりな。
寧々さんに勝てるわけないっつーの」
「でもあの調子じゃ、南雲様なんて絶望的ね」
「どんな汚い手使って面をとるのかな」
「そんなの、何がなんでも俺たちが阻止してやるよ」
周囲は口々に言って、散っていった。
「ドンマイ、詩兄。
しょうがねーよっ
寧々さんはこの道場で南雲様と同じくらい、別格に強いから」
「くそーっ
すげえ悔しい!!」
詩は防具を脱ぎ捨て、ユウヒから水を受け取り叫ぶのだった。
そこへ、黒峰がやってくる。
「東雲さん、あなたの筋はわるくなかったですよ。
どうです?
残りの期間、この道場で修業されてはいかがですか?
ここにいれば、あなたの狙い通り、南雲様と手合わせできるチャンスがあるかもしれません」
試合のとき感じた鋭さとは打って変わって、柔らかい彼女。
詩の返事はもちろん、
「よろしくお願いしますっ」
の一言だった。
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