魔女の家
「不思議な方だった...」
詩の姿が山の奥に消えると、マヒルはつぶやく。
「アリスだけじゃない...真の強さをもってる感じ...
アサ婆は、何が視えた?」
すでに帰路につこうと歩き始めているアサ婆。
その後ろ姿に問うた。
アサ婆はゆっくりと振り向く。
「言ったじゃろう...
最近は目がわるくなったと...」
それ以降、アサ婆は何も話さなかった。
だけど、その瞳が一瞬懐かしさに揺れ、やさしくなったのをマヒルは見ていた。
「ユウヒ...元気でやってるかしら」
マヒルはそうつぶやいて、山を振り返った。
青々とした山は、風で木々が揺れ、まるで皆に、この村に寄り添ってくれるよう。
大丈夫、山は、南雲さまはみんなの味方だから...
あの時代を、またこうして思い出す日がくるとは...
アサ婆は遠き日の過去の記憶をたどっていた。
もう何十年も前のことなのに、鮮明に思い出されるその映像。
あの、今日食べるもののことで必死だった苦しい時代でも、こうしてよみがえる記憶が鮮やかなのは、あの人がいたから...
「トキ様!
また行ってしまうのですね...」
少女は、心配げな瞳で青年を見上げる。
「ああ。
でも心配するなっ」
青年は、くったくなく笑い、その少女の黒髪を無造作になでつける。
不思議な不思議な笑顔。
戦争で暗い世の中、それは一筋の希望の光のようにみえた。
「トキ様、私、心配で...
敵の戦闘機は以前よりも増して」
「ダメだ」
すぐにその言葉は遮られる。
さきほどの笑顔とは違い、真剣な表情。
少女は言いかけた言葉を呑み込んだ。
「力を使ってはいけない」
「でも...っ
私も国のお役に立ちたいです。
トキ様たちと一緒に戦いたいです。
いつも見送るだけなんて...」
必死な思いだった。
しかし、こんなに必死に言ってるのに、その空気をゆるめてしまう笑顔。
「ったく、やさしいな!
ありがとう。
でも大丈夫、俺たちは最強だから。
相手が最新鋭の武器を使ってこようが、何万人の兵だろうが、関係ない」
そう、簡単に言ってのけてしまう彼。
その姿が頼もしく、憧れだった。
「トキ、何をしている。
召集の時間はとっくに...」
いつの間にか、もうひとり青年がいた。
当時の日本には珍しい赤髪だった。
その青年は、トキとは正反対でまったく笑顔をみせない。
「お前、国の一等兵士に無礼だぞ。
下の名で呼ぶな」
そう、厳しく言われ、ひるんでしまう。
「すみません、南雲様...東雲様...」
肩を落とす少女。
「おい、そんな怖い顔すんなよ。
呼び方なんてどうだっていいだろー。
俺がそう呼んでくれって言ったんだ、な?」
その言葉に少女はぱっと顔をあげる。
隣の赤髪の青年はため息をついて「勝手にしろ」と一言だけ言った。
「またな、アサちゃん!」
トキは赤髪の青年の隣を行きながら、振り返った。
「はい、お気をつけて!
トキ様!!!」
少女アサは、その姿が見えなくなるまで、大きく大きく手を振った。
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