魔女の家



街のはずれにある立派な大樹。

その根元に佇む赤い屋根の小さな家。

そこがアサ婆の家らしい。

アサ婆が扉に手をかける前、その扉は前ぶれなく、勢いよく開いた。

「アサ婆!

どこ行ってたの?!

今、村に侵入者がきたって、村中が大騒ぎで...っ」

青い顔をしていきなりでてきた女性に、詩は驚く。

「マヒル、客人じゃ...

騒ぐでない」

アサ婆の静かな重みのある声が響く。

「え...」

マヒルと呼ばれた女性と詩は目が合う。

「あ、あなたは...っ

侵入者の...」

その女性は開いた口がふさがらない様子。

それにしても村の情報網はすごいと思った。

もうこんな街はずれまで情報が伝わっているとは...

「マヒル」

さっきよりも強い語気でアサ婆が言った。

それにはっとして、マヒルは詩を中へと招き入れた。






アサ婆の家の中は、かわいい外観に反して、昼でも薄暗く、怪しい感じがただよっていった。

不気味な動物の干物や薬草、そして怪しげに光る水晶や石。

わからない言語が並ぶカードに、甲冑や骨董、人形など、とにかく物であふれかえっていた。

一言でいうなら、まさに魔女の家。

その中でマヒルがせかせかと動き回っていた。

アサ婆はフードつきのコートを脱いでも魔女のようなローブ姿で、奥の椅子に座る姿はこの家の内装によく溶け込んだ。

対してマヒルは魔女の館には不釣り合いなほど、普通すぎる格好。

栗色でくるくるの長いくせ毛を無造作に後ろでまとめ、使い古したエプロンを身に着けるその姿は、よくいる主婦そのもの。

「ごめんね、物が散らかってて。

適当に座ってね」

そうは言われるも、応接用とみられるソファとテーブルは物で埋まっていた。

かろうじて見つけた隙間にゆっくりと腰をおろすと、間もなくマヒルが紅茶を運んできた。

「す、すいません。

ひとつ聞いていいですか?」

詩はマヒルにそっときく。

「なに?」

「アサ婆のアリスって...」

「ああ、あなたもこの部屋みて大方察したんじゃない?

アサ婆のアリスは、千里眼よ。

そしてこの村の一番の長老でもあり、この村を守る守り神」

「マヒル」

凄みのある声が響いた。

マヒルは咳払いし、訂正する。

「守り神、みたいな存在よ。

そのアリスの力もあって、みんなアサ婆に意見を求めにくる。

とにかく、この村には欠かせないすごいお方なのよ」

ほお...と詩は、腰の曲がった小さな老婆をみて、改めて感心する。

「じゃあ俺の名前がわかったのも」

「左様。

わしの前に、どんな偽りも皆無じゃ。

それで、お前はあの山に登るのか。

南雲さまの、お山に...」

鋭い眼光に射抜かれ、ひるみそうになる。

しかし、詩はまっすぐその目をみて、答える。

「はい」

この老婆の前で、言葉は蛇足だと思った。

ただ純粋に、この決意が伝わればいい。

直感的にそう思った。

しかし、誰よりも早く反応したのはマヒルだった。

洗い物をとりおとし、キッチンにガッシャーンという音が響いた。

「あなた、今なんて...?」

「え...」

詩は、予想外の反応にとまどう。

明らかに動揺しているマヒル。

「南雲さまのお山に登るなんて、あなたどんな神経してるの...?

祟られるわ...

ああ、どうか嘘だと言って...」

詩は、キッチンに散らばった破片を集めて、マヒルの目をみて改めて言った。

「嘘なんかじゃない。

本気さ」

その言葉に、さらにマヒルはショックを受けている様子。

「マヒルにかまうでない。

急ぐのであろう。

山の入口まで案内しようぞ」

いつのまにか、近くにアサ婆がいた。

詩は強く頷いた。






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