しん友へ(回想)
昨日のこと。
最後の仕事が終わらず、ひとり職員室に残っていた。
そこに、小さな彼が、やってきた。
ボロボロで痛々しい姿。
こんな小さな子どもにこれは....
やりすぎだと思った。
詩は、目の前まできて、目を見つめて...
だけどふっとそらして言った。
「...このあいだは、ごめんなさい....」
はっとする。
「もう、いいのよ」
自分も、やりすぎたとは自覚していた。
このクラスを持ったばかりで、生徒ひとりひとりのことを、理解できていなかった。
東雲 詩が特別生徒だったことは知っていたが、家族に手紙が届かないなんて、あの騒動後に他の先生からきいたこと。
それなのに、あの時は自分のことばかり考えていて...
申し訳ないことをしたと、心が痛かった。
ごめんなさい、謝ろうとしたが、詩の声で遮られる。
「謝ったんだから、教えろよ...漢字...」
えっと、言うが、彼の持っている紙で察した。
「漢字、わかんないから...
わかんないと、宿題できないから...」
“ならった漢字をつかって手がみをかこう”
自分が考えた授業を...こんなに素直に取り組んでくれている...
それが、嬉しかった。
教師になったばかり。
自分のできなさ加減に失望したし、おまけに前任の国語の先生は雑で適当な資料しか残してくれなかった。
毎日残業で、プライベートの時間もなくて...
挙句、自分の課した課題が発端で生徒が騒ぎを起こして...
本当に踏んだり蹴ったりだったけど....
今こうして目の前にいる生徒は、本当は純粋で、やさしくて、素直で、かわいい...
“しん友え
ありがとう、ばか”
この子の、精一杯の表現。
「お友だちと仲いいのね。
この手紙、あげたらどう?」
しかし、詩は首振った。
「1枚しか書いてないから無理だ。
だってあいつら、すぐけんかするから」
「そっか、じゃあ...
預かっておくね」
うん、と頷いて詩は足早に職員室を去ろうとする。
その後ろ姿に言った。
「詩くん。
よく書けてるわ。
花丸よ」
詩はぴたっと立ち止まる。
そして振り返った顔はにやっと笑っていた。
「これでデートできるな」
そう言って、詩は走り去っていった。
「あっこら!!」
というも、その姿はもうない。
ふぅ、とため息をついて椅子に座りなおす。
そして、ふと目に留まった前任の国語教師のファイルを取り出す。
まったく授業内容のことは書かれてなくて、本当に国語教師かと疑うくらいに字もまとめ方も雑。
不慮の事故で亡くなった...
そのファイルに“行平”という文字。
そのファイルの中の、生徒一人ひとりの評価欄。
国語の評価に関係ないことばかりで、“よく食う”“お調子者”“うさぎが好き”などと、参考にならなかったから、目を通していなかった。
指でなぞり、その名前を探した。
あった...
“東雲 詩”
指をスライドさせて読む。
“素直でバカ、ダチ思い”
くすっと笑ってしまう。
その、雑な文字。
生徒の評価にばかなんて...
でも、そんな文字でも何より伝わるものがあった。
大切なものに、気づかされた気がした。
きっとこの先生は、生徒のきもちをうまく掬い上げて、時には代弁して、
それから自分で気づかせて...
そうやって、生徒の成長を見守ってきたのだな...と思った。
私も、生徒の精一杯の表現を、見逃さずにくみ取って、素直な子たちに育ってほしいと思った。
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