何が視える
学園の生徒たちが、ひときわ賑わう時期がやってきた。
もうすぐアリス祭。
学園の三大イベントのうちのひとつだ。
アリス学園の文化祭、通称アリス祭は、他の学校と比べ、規模からそれに至る準備まで、すべてが大がかりだった。
もちろん、翔はこんな大きなイベントを経験したことはない。
村での夏祭りくらいだ。
その日は村中の大人が準備を総出で行い、子どもたちが皆、山から下りてくる珍しい日。
それなりに大きな規模だとは思っていたが、学園のアリス祭はそれをはるかに超えていた。
能力別のエリアに別れた出し物、豪華ゲストを迎えた大がかりなステージ演出、それが4日間にもわたるという。
皆、当日に向けて準備に忙しく動いていた。
翔はというと、いつのまにか誰かさんにより特力の所属になっていたので、そこに混ざって一緒に準備をしていた。
危力系のはずな詩も、よく顔を出していた。
先輩という名目をフル活用し、棗を連れてきて手伝わせることもしばしば。
そんな詩に悪態はつくものの、なんだかんだ棗も手伝ってくれていた。
翔もなんとか学園生活に馴染んできたころ。
周りの皆も同じで、翔がいる生活に慣れてきた。
少し長く赤い髪の毛をハーフアップに束ね、腕まくりをして動く姿....
これには、女子が黙っているはずがなかった。
翔は、詩に負けず劣らず、モテた。
むしろ、詩に彼女がいるぶん、フリーの翔へアプローチする子が増えたのは事実だった。
そして、相次いで後夜祭のラストダンスを申し込む女の子に、翔はいつもたじろぐのだった。
それをにやにやと見つめる詩と、いいなぁーと心底うらやましがる殿。
そんな光景が最近の特力の日常だった。
「ほら!そこサボってないで!」
と美咲に尻をたたかれるのも毎度のことだ。
ドッペルゲンガーの美咲の目を盗むのは至難のわざだ。
でもなんだかんだ、詩は誰よりも働いて、誰よりもまわりをみて、そして自分の楽しいと思ったことにみんなを巻き込んでいく。
詩がいると、そのまわりが、自然とみんな笑顔になってゆく。
今や一番年上で、幹部生でもあるのに、誰にでも平等で偉ぶることなく、その人のいいところを見つめて、心の底から、目を輝かせて賞賛する。
それは見ていて気持ちのいいものだった。
特力の教室自体、上下関係はあまり関係なく、みんな自由にのびのびとふるまっている。
詩が気に入っているのもわかる。
翔もまた、この場所が好きだった。
「はぁーっ疲れたっ」
そういって、隣を歩く詩。
もうすぐ日が落ちるところ。
その横顔には、どうやったらつくのか、鮮やかなペンキがついている。
みると、体中いたるところに....
「お前、初等部の子たちと遊んでただけだろ。
なんで疲れるんだよ」
寮への帰り道、呆れて翔はいう。
「なっんなことねえだろーっ
俺だってちゃんと準備したもんねぇ」
精神年齢いくつだよ、と心の中でつっこむのにも慣れてきた。
「まぁでも、俺もあそこはいいとこだと思う」
いつになく素直な翔に、詩は嬉しそうだ。
「だろ!!」
得意げな詩。
それが少し、寂しそうな顔へと変わる。
「...蜜柑も一緒だったら、いいんだけどな」
「ああ、無効化のアリス...だっけ」
何度もきいたその子の名前。
話を聞く限り、詩ととても似ているな、と思った。
そして詩が尊敬してやまない今は亡き恩師の娘さん。
詩のアリスストーンが奪われたこと、今井兄妹捜索に関わる最重要人物であり、今の平和な学園を築いた主人公だ。
その子が、この愛した学園とそこで過ごした日々、そして仲間たちの記憶を消さなければいけなくなったこと。
詩がとても後悔していることを知っている。
「忘れることって、ほんとに怖いことだと思うんだ...
蜜柑だって、俺のじじいだって...」
「らしくねえな」
やわらかい翔の声に顔をあげる詩。
「お前なら取り戻せる。
すべてをな」
えっと、詩は意外そうな顔をする。
「何だよその顔。
いつもの自信はどうしたんだよ。
お前の言葉を借りるけど....
少なくたって、手掛かりはある。
あきらめない仲間がいる。
それに今は、俺がいる___」
そうだろ?詩____
詩と顔を見合わせる。
いつもの悪戯少年の顔をしていた。
どちらからともなく走り出す。
俺たちは止まらない。
あの山を駆け回った時のように、目的地まで、競争だ_______
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