憎めない奴(殿内side)
「何でやり返さなかったんだよ!
お前のアリスだったらあんな奴らなんでもないだろ?!」
高等部生が去った後、俺はつい、怒鳴り口調で言ってしまった。
詩は答えずに「ふぅ~」と呑気に起き上がりながら、伸びをする。
「あいたたた...」
なんて言うから、
「大丈夫かよ」
と言って詩の隣に座った。
詩の顔は若干腫れ、制服も乱れていた。
「わりーな、こんなとこ見せちまって」
詩は情けないというように、顔を歪めた。
「別に。
それより聞いてることに答えろよ」
詩はどこか遠くを見つめるような目をして口をひらく。
「みんな、学園からの理不尽な扱いに、何かしらストレスが溜まってんだよ。
そのエネルギーの向ける方向をもてあましてるだけ」
自分に思い当たり、殿は黙った。
「そういう気持ちは俺だってわかる。
俺もそうだったからな」
「でも、いくらなんでも無防備の詩にあれはやりすぎじゃ」
「いいんだ。
これは俺が過去にしてきたことのツケだ。
これくらいのこと、当然なんだ」
詩は言い聞かせるように言う。
「初等部んとき、俺はこのアリスで何も悪くない人をたくさん傷つけた」
「え?」
この詩が?
と驚きを隠せない。
適当な奴だが、とうてい人を傷つけるような奴には見えなかった。
「ま、そんな俺でも根気強く叱ったり居場所をくれたりした人がいたから、今はもう、そんなことしないよ」
詩は思い出したのか、笑っていった。
やっぱり、こいつは笑ってる方がいい。
そんな詩に、もう問い詰めることはできなかった。
さっきの表情をさせたくなかったから。
「過去のことは無かったことにはできない。
でも、未来は変えられるってこと、俺は信じてるから。
俺はしっかりこの学園とも、このアリスとも向き合うって決めたから」
そう言った詩がすごく大人びて見えて、とても同い年には見えなかった。
なんだか、自分の反発がとても小さく思えて、恥ずかしくなった。
ああ、こいつはもう、ここで生きてくって決めてるんだなと、しみじみ思った。
俺が来るずっと前からここで悩み、時に反発し、受け入れ、それらを繰り返して自分の進む方向を決めてきたのだろう。
そんな詩が乗り越えてきた過去を知らない俺は、まだ詩のその大きな背中には届かないなと、思った。
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