消えた光/アリスに託された思い
「東雲詩を...ご存じですか?」
柚香の問いに、老人は黙り込んでしまった。
柚香と志貴が達した結論は、今この目の前にいる人物は、詩の親族であるということ。
志貴の中には、柚香が学園に来る前にもらった詩の石が入っていた。
志貴はすべてのアリスとの相性がいい特異体質。
また、式神のアリスもそこまで多くなかったので、危惧された暴走は起きていなかった。
そのわずかなアリスに反応したということは....
老人は、ゆっくりと口をひらいた。
「わしは、記憶をなくしている」
衝撃の事実に、志貴と柚香は驚きを隠せなかった。
「老いも少なからずあるじゃろうが、
かつて国のためにこのアリスを使って戦っていたこともある。
消されたのじゃ....。
かろうじて、昔の仲間の記憶はわしの長年の人格形成に深くかかわっているからと、消されずに済んだのじゃが、
国の機密事項や最近のアリスにかかわる記憶はすべて....
もうない」
「そんな...勝手な国の理由で...」
柚香は顔を歪めた。
「なに、この体が悪の手に利用されることの危険性は重々承知している。
わしひとりのせいで、何か犠牲になるよりだったら、もう何のとりえもないからっぽの老人でいい。
わしはもう、十分すぎるくらい生きた。
....そう思っていたのに」
その、老人の言葉に、柚香も志貴もはっとした。
「おぬしらに会ってから、なぜか、大切な何かを忘れていたような、そんな感覚がしてならんのじゃ。
青年の胸に光る光が、わしを強く、呼んでいる気がしてならんのじゃ.....。
そして最後の老人のわがままをきいてほしい」
その先は、言われなくても柚香が行動していた。
静かに志貴の中から、藍色のアリスストーンをとりだしていた。
ゆっくりとそれを、老人の手に握らせる。
老人は、とても穏やかな表情をしていた。
「思い、出しました...?」
老人は、静かに首をふった。
「やはり、老いと病気のこともある。
すべては思い出せない。
でも、とても暖かい気持ちになった。
このアリスの持ち主はきっと、暖かい心の持ち主なのじゃろう....
それを思い出してやれないのは申し訳ないが、この世に生を受けたことがとても尊く感じる。
思い出せなくてもきっと、これはわしの希望じゃ」
志貴は自然と、柚香の肩を抱いていた。
「お礼をしたい。
代わりに、わしのアリスをもっていくといい。
わしには、お主らが悪人とはとうてい思えん」
「...いえ、アリスはもういいです」
柚香の言葉に、志貴は頷いた。
それでも、今度は老人は頑なに言った。
「いいや。
このアリス、もう私がもっていても意味がなかろう。
わしには、この宝物のような希望のかけらで十分。
さっきも言った通り、このアリスは希少さゆえん、狙われることも多い。
お主らのほうが、有意義に使えるじゃろう。
これがわしの、最後のわがままじゃ」
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