消えた光/アリスに託された思い
それから、志貴はその石との関係を話し始めた。
柚香と志貴はZのボスの命令のもと、アリス専門の医療機関に潜入していた。
そこは、アリスの研究を行っていたり、アリスを使って薬の開発をしたり、さらには病床に伏したアリスの入院場所として、国内最大の施設だった。
そんなところで柚香たちに命じられたのは、終末期の患者のアリスを盗むことだった。
柚香にとってそれは、とてもつらい仕事だった。
しかし、ここでボスに忠誠心を示さなければ、今後の計画に支障をきたしてしまう。
不本意ながらも、従うほか方法がなかった。
志貴はそんな柚香を、傍らで支え続けた。
柚香の体力的にも、最後の患者だった。
夜間のため、暗い病室にそっと忍び込む。
今までの患者は寝ていたり、意識がなかったりで、こちらには気づかなかった。
今回もそこは大丈夫かと思われた。
しかし、柚香が手をかけようとした時、その患者は反応をみせた。
しまった、と柚香は思うが何かを感じた志貴は、焦りをみせる柚香を制する。
「...わしの、アリスを盗りにきたか」
弱弱しくも、はっきりと老人は言った。
「なに、この体じゃ。
抵抗などせん。
アリスも、くれてやる....
その代わりに、少しだけ、この老いぼれの話に付き合ってくれ....」
2人は黙り込んだ。
「アリスとは、不思議なものじゃ。
こうして、人と人をつなげることもあれば、
簡単に争いの中心に立たされることもある。
わしのアリスも、代々そうやって、時代の波にもまれてきた。
アリスの中でも少しばかり珍しく類を見ない強さをもつこの力は、時に神としてあがめられ、時に化け物とよばれ、時に戦争の兵器として使われてきた。
一度は繁栄したわしらの一族も、このアリスの運命に翻弄され、今ではこのアリスをもつものが限られてしまった。
それも、運命なのだから、致し方ない....」
老人は昔を思い出すように語った。
「わしも、静かにこの運命に幕を下ろす予定だった。
それが、君たち若きアリス使いに出会って、こんなにもまた心が揺さぶられるとは.....っ」
老人がなんのことを言っているのか、2人にはまだ理解ができなかった。
「特に青年....。
久しぶりに、素晴らしい結界使いに会った」
志貴と柚香は、顔を見合わせた。
「私のアリスが、わかるのですか....」
「ああ、わかるとも。
わしのアリスは特質上、結界のアリスと相性がよくてな。
今までの歴史上、切っても切れぬ縁じゃった。
このアリスと結界師は、昔はよきパートナーとして良好な関係を結んでおった。
それが今では、そのつながりが危険視されていて....近づくことさえ許されぬ関係になってしまった。
本当に残念でならない。
わしも、その良きパートナーや友人、仲間とは長い間その身を案じることさえ許されていない。
それなのに、君に感じるその力は、とても、とても懐かしく感じる。
まるで、あの時の同志がすぐ近くにおるようじゃ。
きっと君のその血のどこかに、わしの昔の仲間の血が流れておるんじゃろう....」
老人はそう言って、涙を流した。
「君には、預かり知らぬことなのに、勝手に話してしまってすまんのう。
歳じゃから、涙もろくて....」
「いいえ...」
志貴は自分の血統や、姫宮のことを思い出していた。
「そんなわしの、これは勘にすぎないのだが、もうひとつだけ、確かめたいことがある。
ただの老いからくる、思い過ごしかもしれぬ。
そうだとしたら、聞き流してくれ....」
志貴と柚香は頷いた。
「結界の青年よ...
おぬしの中に、わしと同じアリスを感じるのだ。
かけらのようだが、しっかりと、その結界に守られて。
光っている....」
目も見えなくなっているはずなのに、老人は言う。
そこで、先ほどから2人の中で推測だったものが確信にかわる。
「おじいさん、あなたのアリスはもしかして、
式神のアリス、ですか...?」
志貴の問いに、老人は深く深く頷いた。
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